【東証プライム上場 世界に展開する電子・機械部品メーカー】
半導体製品の営業・海外営業支援
【東証プライム上場の大手制御システムメーカーグループ 販売・保守サービス会社】
半導体製造装置の販売・保守 エンジニア
→大学・官公庁・企業への法人営業
→企画・広報
浅羽 紫苑 氏 30歳 / 女性
学歴:栃木県の県立高校 卒
地方国立大学 工学部(材料系) 卒
地方国立大学大学院 材料系専攻 修了
TOEIC 870点
実用英語技能検定(準1級)
危険物取扱責任者(乙種第4類)
毒物劇物取扱責任者
大学院で、材料生産システムを専攻した学生時代の就職活動では、「メーカーであること」と「幅広い職種に挑戦できる可能性が高い部署であること」を軸に企業選びをしていました。
ポイントは、さまざまな仕事を経験できる環境かどうかでした。
というのも、実社会に出たことがない自分にとって、当時は自分の適性を明確に判断することが難しいと感じていたからです。
最初から選択肢を狭めてしまうと、「思っていたのと違った」というリスクが大きくなります。だからこそ、まずは幅広い実務経験のできそうな部署に身を置き、複数の業務を体験しながら自分の適性を見極めたいと考えました。
その結果、製造業の中でも半導体関係の新規事業に携われる部隊に入社することを決めました。
新しい領域に挑戦しながら、自分の強みや興味を深く探っていける点が魅力的だったからです。
入社後は、半導体製造関係における、営業・技術・広報という三つの領域を横断して担当し、ビジネス全体を俯瞰できる立場を経験してきました。
自分で企画したソリューションを、自ら法人営業職として売り込み、技術職として導入・サポートまで遂行するこの一連の流れを一人で担えたことは、大きな財産になっています。
■ 営業
営業職としては、「どう売るのか」という視点を徹底的に学びました。
数字のつくり方、案件の組み立て方、顧客の意思決定プロセスの理解等、ビジネスの最前線で必要な思考力を身に付けました。
■ 技術
技術面では、「何を売るのか」を深く理解するために、製品知識を深め、保守サービスの実務を経験しました。
危険物乙4等の資格取得を通じて専門性を高め、導入後のサポートや顧客との技術的コミュニケーションも担当しました。
“ 売って終わりではない ” という視点を体得できたのは、この実務経験があったからです。
■ 広報・マーケティング
広報では、「どうすれば売れる仕組みをつくれるのか」というマーケティング視点を獲得しました。
市場への伝え方、ブランドの見せ方、顧客に届く情報設計等、営業や技術とは異なる角度からビジネスを捉える力が身に付きました。
転職を決断した要因は大きく2つあります。
■ 組織の将来性に対する危機感
これまでの実務経験を通じてビジネス全体を俯瞰する力が身に付いたことで、所属していた事業が抱える構造的な課題や将来性の限界が、以前よりも明確に見えるようになりました。
数字面でも厳しい状況が続き、このままでは事業として存続できない可能性があると感じる場面が増えていきました。
さらに、40代以降のキャリアを考えた時、今の環境に留まり続けることが自分にとってリスクになり得るという危機感が強まりました。
「今は安定しているように見えても、10年後の自分はどうなっていたいのか」
この問いに真剣に向き合った結果、目先の安定よりも、将来の成長とキャリアの持続性を優先すべきだと判断しました。
現状に甘んじるのではなく、自分の力をより活かせる環境に飛び出すのが長期的に見て最善の選択だと確信したことは、転職を決めた大きな理由の一つです。
■ キャリアが止まり、成長の機会が失われたこと
もう一つの決定的な理由は、自分のキャリアが実質的に止まってしまったことです。
最終的に庶務業務が中心の部署に異動となり、営業職として表に出るわけでもなく、技術的な知識を活かす場も、大学生の時に勉強していた英語を使う機会もなくなりました。
決められたルーティン業務を淡々とこなすだけの日々で、これまで積み上げてきたスキルが活かされない状況に強い閉塞感や危機感を覚えました。
組織の将来性や、自分が携わる業務の権限について、上司に提言しても明確な回答は得られず、「決められたことをやればよい」と一蹴されてしまいました。
このままでは何も残らない、キャリアが本当に危うい、そう感じたことが、転職を決断する直接的なきっかけになりました。
転職活動を始めた当初は、年収と仕事内容(営業がやりたい)の2つを重視していました。
特に年収は、これまでのキャリアの積み上げとして譲れない条件だと考えていました。
しかし、実際に転職活動を進める中で、自分の価値観に変化が生まれました。
もちろん生活の基盤として一定の収入は必要ですが、「年収そのもの」へのこだわりは次第に薄れていきました。
最終的には、多少の年収ダウンがあっても、それを “ これからの実務経験への投資 ” と捉えられるようになったのです。
その背景には、採用通知を頂いた会社で営業職や海外事業に携われるチャンスがあると知り、強く惹かれたことがあります。
自分が本当にやりたいことに挑戦できる環境であれば、短期的な収入の増減よりも、長期的なキャリアの広がりのほうが圧倒的に価値があると感じました。
■ 気付いたこと:自分との対話の重要性と、環境を変えることで見えた可能性
今回の転職活動を通じての、最も大きな気付きは「自分との対話がいかに大切か」ということでした。
これまでの人生を振り返ると、受験も就活も、どちらかといえば “ レールの上 ” を歩いてきた側面がありました。
しかし今回は、初めて自分の心の声を丁寧に聴き、自分の意思で選択し、決断した経験でした。
活動を進める中で、さまざまな条件や価値観を天秤にかける場面があり、そのたびに葛藤もありました。
何が正解なのかは今でもわかりません。一抹の不安もあります。
それでも一つだけ確信しているのは、「選んだ道を正解にしていくことはできる」 ということです。
そしてもう一つ、大きな発見がありました。
今まで我慢していたこと、あきらめていたことも、環境を変えれば意外とできるのだということです。
「やりたいことって、本当にやっていいんだ」
そう気付けた瞬間、自分がいつの間にか “ 透明な檻 ” をつくり、その中に閉じこもっていたのかもしれないということに気が付きました。
自分の人生は自分でコントロールできる
その実感を得られたことは、今回の転職活動で得た最も大きな学びであり、自己効力感が大きく高まった瞬間でした。
■ 反省点:青い鳥症候群と踏ん切りの遅れ
一方で、反省点もあります。
「もっと良い企業があるのではないか」という青い鳥症候群に陥り、転職活動の辞め時の判断が難しくなった時期がありました。
選択肢を探し続けるあまり、踏ん切りがつかず、決断が遅れた面は否めません。
ただ、この迷いも含めて、自分が何を大切にしたいのかを見つめ直すプロセスだったと今では感じています。
まず何より、自分が本当にやりたいことに挑戦できる環境を選べたことへの感謝があります。
転職活動を通じて見つけた自分の強みを活かし、一日でも早く新しい職場で事業に貢献できるよう、誠実に向き合っていきたいと考えています。
ただ同時に、必要以上に力み過ぎず、健全な距離感を保つことも意識しています。
今回の転職を通じて、「自分の人生は自分でコントロールできる」という感覚を得られました。やりたいことや、価値観はこれからも日々変わっていくと思っています。
だからこそ、これからのキャリアにおいても、 “ 転職 ” という選択肢を持ち続けること自体が、自分を守る一つの手段になると感じています。
製造業2社で調達・購買、広報を経験した45歳女性。中国赴任から帰国後、外資系製薬会社の広報マネージャーに。
半導体部品メーカーで法人営業とマーケティング経験を積んだ37歳男性。人との対話力をアピールし、世界的自動車メーカーの研究プロジェクト管理に
自動車部品や超低温容器の製造現場で、コツコツ資格を習得してきた43歳技術者。プライム上場 グローバルシェアトップ製品を多数有する機械メーカーの品質保証へ
クライアント企業との太いパイプと採用実績・高い定着率で財閥系企業や上場企業を中心に各業界の大手企業各社から評価を頂いており、ハイキャリアの転職支援実績が豊富にございます。
各紹介先企業に精通した専任のカウンセラーが転職活動の各プロセスにおいて、職務経歴書の作成に関する具体的なアドバイス並びに添削、退職にまつわるノウハウも提供し、次の会社への入社に至るまでひとりのカウンセラーが一貫してサポートします。