本日現在:1237 転職体験記
No.717

香港現法への駐在経験を生かし、総合商社直系の繊維会社へ

前職
一部上場 大手アパレルメーカー   香港現地法人駐在担当
現職
財閥系総合商社 繊維部門直系会社   法人営業 兼 生産管理
八木 純子 氏 / 30歳
津田塾大学 学芸学部 英文学科 卒
英語 ビジネスレベル

2013年夏、転職に向けて一歩を踏み出しました。そして香港駐在中のその時、二つの転職サイトに登録して、私は人生の舵を大きく切りました。
2006年春、新卒でアパレル会社に入社し、百貨店担当の営業マンとして突っ走ってきました。アパレル会社にしては珍しく、営業職が商品企画より花形とされるアパレルメーカーで、上司や同僚に恵まれ、忙しくも楽しく仕事に従事。会社から必要とされている実感もありました。

3年目を迎えた頃から自分の現状に疑問を持ち始め、香港への赴任を希望。一か月後には香港に着任しました。
住んだからこそ見える世界と、出たからこそ見える日本がありました。金融、貿易で注目され、右肩上がりの経済成長が続く香港は、良くも悪くも拝金主義。マンションや通信会社を所有して地名となるほどのマンション群を牛耳る富豪がいるかと思えば、ファストフード店では自分で片付ける事でその仕事を奪っては悪いからと、客は決して自分で食器を下げません。

身近なところでも金銭感覚の 「格差」 に驚かされることがありました。ある香港人の誕生日会に参加した時、会計が日本円で一人3,000円でした。日本人にとっては許容範囲に入ると思います。もし高いと感じてもおめでたい祝いの席として納得するでしょう。ところがあるカップルが 「高過ぎる」 とボソッと一言。二次会の誘いも不機嫌そうに断り、そそくさと帰って行きました。そうかと思えばダンスクラブで、ドンペリのピンクをひっきりなしに注文する豪勢な誕生日会もあります。どちらも私たちと同年代のもので、狭い香港で起きている感覚の差です。

それまで考えたこともなかった感覚を持った人々や、人生を歩んでいる同世代の人たちと交流するうち、「私は一生懸命生きているのか」 と自問するようになりました。これまで、始めた習い事などは、卒業など外的な決定的要因が無ければ、良くも悪くも途中で辞められませんでした。それは会社員生活においても同様で、それが私に合っているのだと考えていました。定年退職が会社員生活の終止符だと。ところが 「自分らしく必死に」 充実した人生を歩んでいる人と接して、今の自分に納得出来ない想いが強くなりました。

転職サイト登録から2ヶ月後の2013年9月、東京帰任。転職活動を本格的に始められると意気込んで、次の決算期2014年2月を目標に据えました。
ところが思いがけないことに、東京の配属先は管理畑で、これまでの業務と正反対でしたが面白く、興味が持て、自分で自分をどう育てるか密かに燃えてもいました。
転職活動も具体的に進めているものの、転職しないまま活動が終わることもあるかもしれないと考えることもありました。そうなるとなかなか転職活動も上手く行かず、でも落ち込むこともなく、中途半端な小康状態が続きました。

そして年末に差し掛った頃、当初の転職リミットを思い出して焦りを覚え、真剣に始めた転職活動ということ、今の会社で10年後の理想像が思い浮かばないこと、私の 「一生懸命な」 生き方はこのまままでは達成出来ないと、気持ちを立て直し、改めて転職活動に挑もうと仕切り直しを決意しました。

そして転職リミットを2014年6月に修正。これは、人生の転機と表される30歳のうちに決着を付けたいという想いからです。そして、新しくエージェント登録をしたのが(株)エリートネットワークさんでした。転職エージェント登録は、多くても意味が無いと聞いていて、増やしてはいなかったのですが、軌道修正を兼ねて単純にネット検索からヒットして、サイトを拝見して、新規に登録を決めました。年末が心機一転に拍車をかけました。

(株)エリートネットワークにて初めてのカウンセリング。高橋さんとの初対面でした。私の話を聞いて頂き、高橋さんはまだまだ拙い表現の話を汲み取って下さいました。
私は転職先の業界の絞り込みは無く、望んだのは 「日本を世界に発信出来ること」。(自分のこのテーマを一言で表現出来るようになったのも活動終盤ですが。。。)

カウンセリングからほどなくして、同業他社の一次面接を受けました。驚いたのは、高橋さんの面接同席。この面接における私の出来はひどいもので、考えのアウトプットの下手さを痛感しました。面接直後の反省会で高橋さんから率直なアドバイスを頂き、負けず嫌いな性格に火が付きました。

そして2社目の面接。この会社へのエントリーに私は消極的でした。知っている会社でしたが、「仕入先のひとつ」 とういうイメージだけで、念頭の私のテーマに沿った体制の会社とは考えられなかったからです。しかし高橋さんの強いお勧めのもとエントリーし、一次面接に至りました。ところが驚いたことに、会社像が想像と全く異なるどころか、ぜひ受かりたいと思わせられるほど魅力的だったのです。勿論、事前に会社HPは熟読していたにも拘わらず。高橋さんが推して下さった意味をここで理解すると共に、大変感謝しました。そしてこの会社の合否待ちは、転職活動の中で初めて受けた緊張感でした。しかしここは残念な結果に終わりました。

そして3社目、商社にチャレンジしました。積極的にエントリーさせて頂きましたが、正直駄目元で頑張ろうという気持ちでした。一次面接。2社目と同じ位に強い魅力を感じ、通過を願いました。そして通過。二次面接はテレビ会議で上海とでした。一次から思いましたが面接官の方が非常に話し易く、考えや想いの丈を精一杯伝えられる雰囲気でした。それまでの面接経験を糧に、これが転職活動の最終章という意気込みで臨みました。学生時代の受験並の緊張感の中で、最終面接の連絡を受けました。二次の時、面接官から「最終面接はもう意思確認です。」 と聞いていましたが、気を抜かず、落ちる可能性もあると言い聞かせ、最終面接に挑みました。2014年4月下旬、内定受諾、転職活動にピリオドを打ちました。転職活動リスタート後、約4ヶ月、転職活動設定期間内でした。

転職活動を始めた当初から、会社員人生を賭けた、一生に一度の転職活動と決めて、納得のいく転職をすると決めていました。中途半端な転職はあり得ませんでした。第二の会社員人生をスタートさせて頂くことになった現職の商社は、正に私が考えていた環境で、会社の為に、自分の為に、全力投球し続けなければと、良い意味で毎日心地良いプレッシャーがのしかかります。まだまだスタートで、ゴールは遥か遠く、でもそのゴールに向かう過程に 「生きている」 実感を得ています。

転職活動に踏み出す一歩に大きな勇気が必要でした。始めてからもその本気度がぶれて悩みました。活動を仕切り直した時には、大きな緊張が走りました。でも最期に 「一生懸命人生を全うした」 と納得したい。そしてそれは生まれてきた義務ではないかと考え、親や、これまで出会った 「一生懸命生きている」 人たちを思い浮かべて気持ちを奮い立たせた結果が、私の道を切り開いたのではと思えるものでした。

第二の社会人生活はスタートしたばかりです。10年後の理想の自分を目指して、日々の成長を意識して前へ進みます。

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