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No.987

霞が関の総合職国家公務員、子育て中27歳での転職

前職
中央官庁 国家公務員  (旧・1種)  総合職
現職
銀行系 大手シンクタンク  研究員
山下 洋子 氏 / 27歳
京都大学 経済学部 経営学科 卒
TOEIC 780点

(1) はじめに

この度、転職の有難いご縁をいただけたことに心から感謝して、ファーストキャリアとして国家公務員を志望したことから遡り、今回の転職に至るまでの体験を綴らせていただく。

(2) 京都大学入学

京都市内の高校を卒業し、現役で京都大学経済学部に入学した。夢は温かい家庭を作ることで明確に将来やりたい仕事も決まっていなかったので、高卒で働くよりも、潰しのきく大学、学部で勉強しよう、と思ったのが正直な志望動機だった。
入ってみると、京都大学は自由な雰囲気もあり、2年生でほぼ全ての卒業単位が揃ったため、アルバイトや英会話スクールなど、時間の許す限りやりたいことをやっていてそれなりに楽しかった。
どこの大学でもどこの学部でも、本人がある程度意識を高く持っていれば学べることは大差はないかもしれないが、やはり級友などは価値観が似ているし、刺激も貰えるので、やっぱり大学に行って良かったと思ったことを覚えている。

(3) 就活

いよいよ大学3年生になり、今までのほほんとしていた級友たちも目の色を変えて就活を始めだした。
「出来るだけ持続可能」 で 「家族を大切にできる仕事」 でかつ、世の中のためになりやすい業態を選びたいと思っていたため、地方公務員を志望した。したがって3年の春から公務員試験の予備校に通い始めた。周囲は総合商社や外資系銀行など、高給だがハードワークな仕事 (いわゆる就職偏差値の高い企業) を志望していたが、私は 「そんな価値観の人もいるのだな」 と感じたくらいで、周りから勿体無いと言われても、「まあ、夢は専業主婦ですから・・・」 くらいに思っていた。

ところが予備校に通い始め、地方公務員の説明会に行くと、説明会でお話し下さる職員の方の士気がなんと低いことと感じてしまった。引き続き別の地方公務員の説明会にも行き続けるが、なんとなく違和感を隠せなかった。民間企業の説明会やインターンシップの方がまだ楽しかった。そして、興味本位で行った国家公務員の説明会はもっと楽しかった。目線の高さと、影響力の大きさ、そして世の中の誰かのためになるという感覚、これらに魅了された。

いわゆるホワイト企業と言われていた関西の民間企業に内定を持った状態で官庁訪問に臨んだところ、有難いことに3省庁全てから高い評価をいただいた。
関西に残るか、ハードワークの霞が関で働くか、最後まで悩んだが、ファーストキャリアはきつい方がいい、なるべく視点が高い方がいいと思ったことから、中央省庁で仕事をすることに決めた。

その時点で、霞が関での働き方は心身を壊すリスクが非常に高いことは把握していたので、長く勤めても10年で、10年以内に民間企業に転職するか、家庭に入るか、もしも万が一思っていた以上に楽しめれば続ければいい、と思って霞が関の国家公務員を選んだ。
今からこのファーストキャリアの選択を振り返ってみると、「キャリアプラン」 ではなく、その基礎となる 「ライフプラン」 を明確に描いていたと言えると思う。子どものいる温かな家庭を作りたいというライフプランについては今でもぶれることはない。

(4) 家族の誕生

国家公務員となり幸いに3年目で結婚、4年目で妊娠することとなり、息子を授かることとなった。育休を1年弱取得した後、子供を育てながらフルタイムで早出・早上がりの勤務をすることとなった。周囲にも恵まれ、裁量労働的な業務を任されることも多く、職場からも評価を得ながら仕事を続けることができた。他方で育休明け直後から、いつまでもこの勤務体系ができるわけではないことを人事担当から申し渡されており、同様の状況にいる先輩を見ていても、国会待機や官邸対応が必要なポストに配置され始めていたこと、硬直した人事制度を踏まえると、子供が高校生になるまでの間の約15年間違和感を覚えながら仕事をしないといけないのでは、と思い始めた。

子育てを通じて民間企業で働くワーキングマザーとも出会い、異なる価値観にも触れ、霞が関で仕事をすることだけで自己実現を図るというのは、かなり狭いものの考えなのではないか、とも思い始めた。
とはいえ、子持ちで第二新卒ともいえる年齢でもない女性が転職をしようとしても、なかなか自由度の高い柔軟な仕事は見つけられないだろうと思っていた。

(5) 転職エージェントとの出会い

親しい元・国家公務員の知人からの紹介で親身に相談に乗って貰えることを聞き、エリートネットワーク様に登録をさせていただいた。登録はしたものの、そもそも柔軟な働き方ができる転職先はたやすくは見つからないだろうと諦めており、今の職場で限界まで働きあげるか、辞めて家庭に入るかの二択しかないだろうと思っていた。
ところがエージェント様は非常に親身に、丁寧に私の生い立ちからライフプラン、今回転職を考えた理由などを聞き取って下さり、いわゆる日本のシンクタンクを勧めて下さった。
シンクタンクを勧めて下さった理由は、遅くても8時ごろまでの勤務であること、基本は裁量労働であること、ある程度のやりがいがあること、定年まで働ける安定した企業基盤があることだった。

途中、本当にシンクタンクで子育てに重きを置いた柔軟な働き方ができるのか、不安にも思った。そもそも柔軟に働ける仕事先などないのであれば、いっそアルバイトでもいいだろうとさえ腹を括った。これまで国家公務員としてそれなりに積み上げてきた自負もあるから、一気に手放すのは勇気がいるし、やはりそのぐらい転職することは怖かった。
しかし、エージェント様が何度も励まして下さったこと、知人が同じ業界で勤めており、勤務体系や就労時間帯についてもある程度実態を聞き取れていたこと、セカンドキャリアを民間にするのであれば早い方がいいことが決め手となり、転職することを踏み切れた。

(6) 転職先との出会い

エージェント様の熱心な推薦活動のおかげで、書類選考をパスしいわゆるシンクタンクの4社と1次面談に進める運びとなった。子育て中ということは採用時に明確なハンディとなるため、転職理由の第一に子育てを明言することは避けるべき、とのエージェント様からのアドバイスが功を奏し、面談に進んだ企業から内定のご縁をいただくことになった。(うち1社は選考途中で辞退。)

決め手は知人が実際に勤務をしていて、穏やかな働き方をしていたこと、オファー面談やそれまでの面談でも家庭や私自身へ配慮をした言葉が次々と出てきたことだった。
年収やネームバリューなどで転職先を決める方もいるかもしれないが、私の転職の軸は、何よりまず 「子育て中は柔軟に働く」 ことで、子育てが落ち着いた時にもある程度自己実現を図れること、だったため、軸がぶれなかったことで今回それほど悩まずに転職先を選ぶことが出来たと思う。

(7) 最後に

ここまで、時系列に沿って転職に至るまでを綴ってきたが、改めてやはり霞が関でしか出来ない仕事はあるし、霞が関での特殊な仕事によって得られるスキルも当然あると思う。しかしそのスキルは転用しにくく、民間企業へもポータブルなものであるかを採用サイドもなかなか評価しにくいことも事実だと思う。したがって、もしも霞が関を離れたい、この先国家公務員をずっと続けるとは考えていないという気持ちがはっきりしているのであれば、転職活動は早いに越したことはない。「決断するなら早く」 というのは、本人のキャリアプランの側面からみても、ある程度転用可能なスキルを柔軟な若手のうちに身に付ける必要があるといえる。採用サイドからみても、本人がいくら考え方が柔軟だと主張しても霞が関の特殊な文化に染まり切っているため育成しにくい、使いにくい、経済社会にそぐわない、と捉えられてもおかしくない。

いつかは霞が関の働き方も変わるだろうが、子供の成長は、その 「いつか」 を待てないし、総合職採用のキャリア組の人事制度が硬直し続ける限りは、ローテーションと呼ばれる 「場当たり人事」 は変わらない。
組織は自分を守ってくれないことは当然で、自分を守れるのは自分だけ。そうなのであれば、若い時期に自分自身の売れるスキルをOJTで身に着けられる仕事をすることが、家族を守る方法なのかな、と思った。
新しい職場で、息子の笑顔が増え、少しでも世の中に貢献できることを願って、また同じように悩みを抱える国家公務員の方の参考になれば幸いです。

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