総合商社でフランス駐在、新興国向け新規事業を経験した32歳ワーキングマザー。日本の食を世界に発信するという想いを胸に転職を決意し、財閥系 不動産デベロッパーへ

No.1746
  • 現職

    【東証プライム上場 財閥系 総合不動産デベロッパー】
    本社 総合職

  • 前職

    【東証プライム上場 総合商社】
    東京本社 自動車部
    新興国の正規代理店向け新車販売営業担当
    →フランスでの語学研修を経て、現地子会社に出向
    新興国地域向けの新車販売・マーケティングサポート・需給マネジメントスキーム確立
    →新興国地域における新規事業企画・推進(ヘルスケア・コンシューマー領域、その他CSR領域)

吉田 亜衣香 氏 32歳 / 女性

学歴:県立高校 卒
私立大学 国際情報学部  卒
国立大学大学院 生物学専攻 修了

英語(ビジネスレベル)
DALF C1取得(フランス大学院入学レベル)
日商簿記3級

掲載日:2026年10月20日
目次
  1. 医者を目指して始まった浪人生活と、北海道での転機
  2. 大学での学びと、新卒での就活
  3. 必死で習得した英語
  4. フランス駐在
  5. 常に心にあった起業への憧れ
  6. コンサルティングファームを志望した転職活動初期
  7. 不動産デベロッパーへの挑戦
  8. 転職活動を通じた気づき・反省
  9. 最後に

① 医者を目指して始まった浪人生活と、北海道での転機

私は、高校生のころ医者になりたいと思っていました。
理由は、中学生の頃に観たテレビドラマへの憧れと、幼い頃、目の前で祖父が倒れたのに、自分が何もできなかったという悔しさの二つです。今思えば漠然とした、何とも適当な夢だったと感じます。
結果、医学部受験に失敗し、私は浪人することになりました。

高校2年の3月に地元で東日本大震災が発生したことがもとで、私は生まれ育った土地を離れ、志望校のある北海道で、人生初のひとり暮らし、ひとりぼっちの浪人生活を送ることになりました。
何もかも初めての土地で、私がいちばん驚いたのは、食でした。何を食べても、美味しいのです。スーパーで買う野菜ひとつとっても、明らかに違いました。

ちょうどその頃、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉の動きが本格化していました。
北海道でできた友人の実家は農家でしたが、ご家族が「大丈夫かなぁ」と不安を口にするのを、何度か耳にしました。これと言って明確な理由は無いのですが、私はその時、「これは、私が北海道の、そして日本の美味しいものを守らなければいけない。そして日本の美味しいものを、世界に誇れるものにしたい」と、勝手に思いました。

そこで、浪人までして目指した医者の夢は、呆気なく捨てました。
そして、なんとなく「経済か経営を勉強したほうが良さそうだ」と直感し、受験の勉強方針そのものを変えて、農業経済・経済の道に進むことにしたのです。
振り返れば、この直感と決断の速さは、後の転職にも通じる、私の人生の癖なのかもしれません。

② 大学での学びと、新卒での就活

大学・大学院では、農業法人の財務管理と経営発展をテーマに研究に取り組みました。
農業法人の財務諸表を読み解き、経営改善と発展のために必要な意思決定を検討する。農業経営者の方々と一緒にキャッシュフロー計算書を作り、汗を流して現場にも出た時間はかけがえのない経験で、大いに勉強になりました。

しかし同時に、研究の範囲内でできることの限界も痛感しました。
また、「日本の農業界の収益性の低さは深刻で、農業だけを見ていても、日本の農業は変えられない。他の産業を知らなければ、お金がチャリンと落ちる仕組みを学ばなければ、この目標は果たせない」と考えた私は、複数の産業に触れられる総合商社を志望しました。

幸運にも複数の内定を頂きましたが、その中から、若手にも早くチャンスが回ってきそうなこと、そしてなんとなく「良い人が多い」と感じた、ある総合商社を選びました。

③ 必死で習得した英語

入社後の配属は、新興国向けの自動車販売を行う部署でした。
周りの同期はグローバルな人材ばかり。対して私は、軸はあくまで農業と食にあり、英語は全くできない、完全にドメスティックな人間でした。
それなのに初期配属が、まさかの新興国市場担当。メールも会議も、すべて英語です。

私は即座にネット英会話に入会し、毎日最低30分、レッスンを続けると決意しました。
実は私には、譲れない性分があります。震災で友人知人をたくさん亡くして以来、後悔することも、妥協することも、大嫌いになりました。
飲み会の日も、出張の日も、日々のメールと会議を英語でこなせるようになるまで、一日も欠かさず英会話レッスンを続けました。

④ フランス駐在

入社二年目にはフランス語学研修で欧州に渡り、そのまま現地の子会社に出向・駐在となりました。
欧州でも新興国向けの自動車販売を担当し、売買や物流の実務、英語・仏語といったビジネスの基礎体力を身につけました。

多国籍な仲間と、複数の言語を交えて働く日々は、ソフト面でも多くを教えてくれました。
多様性を受け入れること、物事を楽観視する力、何事も楽しむ心、そして、自分の意見を必ず口にするというグローバルスタンダード。

社会人として、少しは成長できた気がしています。

⑤ 常に心にあった起業への憧れ

本社への帰任後は、新興国向けのヘルスケアやコンシューマービジネスの開発・推進担当となりました。
BtoBが中心だった新興国自動車ビジネスに比べ、最終消費者の顔がはっきりとイメージできる商材です。現地の人々の生活に関わる仕事ができ、本当にワクワクしました。
また、月次ベースの売買・貿易業務が中心だった自動車時代から一転、初めて事業開発・推進を経験し、プロジェクトマネジメント、対人折衝、契約実務を学ぶ貴重な機会となりました。

その後、半年ほど産休育休を取得し、復帰と同時に新興国向けのゼロイチのCSR事業を任されました。
初めてビジネスの最前線から離れた形です。ゼロからの立ち上げは初めて尽くしで大いに勉強になりましたが、一方で「自分が稼いでいない」という葛藤が、常に心のどこかにありました。

そんな日々の中でも、「日本の美味しいものを世界に誇れるものにしたい」という当初の目標は、常に頭の片隅にありました。
グローバルな経験を積むにつれて、その解像度はむしろ上がっていきました。
「日本の生産者が作る高品質で美味しいものを、世界中に発信したい。できれば、世界中のあらゆる場所へ、物理的に届くようにしたい。そういうプラットフォームが作れたら」と考えるようになっていました。

とはいえ、起業するほどの具体的なアイデアはまだありません。起業仲間も揃っていません。そして、長男はまだ1歳です。
事業企画・推進の実務経験を、もう少し積まなければ起業はできない。子どもは複数人ほしい。
このまま総合商社で働き続ける選択肢も、もちろんありました。
ですが、妥協しながら毎日を過ごすことが苦手な私にとって、「なんとなく現状維持」ほど辛いものはありません。
環境を変えるしかないと思い、転職への挑戦を始めました。

⑥ コンサルティングファームを志望した転職活動初期

転職の軸は、次のキャリアで事業開発・推進のスキルを獲得することでした。

どの転職エージェントも、口を揃えてハンズオン型コンサルを勧めてきました。面白そうだと思い、選考に進もうと考えていた矢先、(株)エリートネットワークさんと出会いました。
初回のオンライン面談で、これまでの経緯とハンズオンコンサル志望であることを伝えたところ、返ってきたのは厳しい現実でした。コンサル業界の実情、そして幼い子どもを持つ身でこの業界で働くことがどれほど厳しいかを、真正面から突きつけられました。

また、当日は自宅のネット環境が著しく悪く、後日銀座オフィスに出向いて改めて面談をして頂くことになりました。面談では、より詳しい経緯と本来の目標をお伝えし、農業・食品業界の事業会社を中心に、希望するポストに合う求人案件をご紹介頂く方針となりました。

⑦ 不動産デベロッパーへの挑戦

オフィスで面談をしていたその時、突然「農業・食品ど真ん中ではないですが、とある総合不動産デベロッパーはどうですかね?」とご提案頂き、驚きました。

実は、興味が少しありました。不動産デベロッパーの中には農業に参入している会社もあります。農業と土地は切っても切れない関係にありますので、新卒の就活でも、何社かデベロッパーを受けていました。

ただ、同社はものすごい倍率です。
「どうせ受かるはずがない。ならば経験のために、応募書類を出すだけ出してみよう」
そう思って応募したら、まさかの書類通過。

面接も、「どうせ受からない」と思っている分、毎回緊張せず落ち着いて臨めました。
面接官である社員の方々との会話は楽しく、自然とワクワクしてきます。会社を調べれば調べるほど、事業は面白く、短期間のジョブローテーションで多様な経験ができ、企画も事業も学べる。一部の事業では素敵なコンセプトで農業にも取り組んでおり、社内ベンチャー制度まである。
気づけば最終面接の頃には、すっかり同社の虜になっていました。

そして、まさかの内定を頂いてしまいました。
私はこの直感を信じることにしました。

⑧    転職活動を通じた気づき・反省

転職活動においては、いくつか反省点や気づきもありました。

今回ご縁があった不動産デベロッパー以外の会社は、書類で落ちるか、フレックス制度が無く応募すらできないケースがほとんどでした。
私には子どもの送り迎えが発生する日があります。フレックス制度の無い会社は、どんなに魅力的でも選択肢に入りません。プライベートの状況が、これほど不利に働くのかと痛感しました。
当初、他のエージェントに言われるがまま、なんとなくコンサルを受けようとしていたのは、自分のプライベートの状況を直視しない無謀な判断だったと思います。

これまで私自身は、子どもの有無は仕事と関係ないと考えていました。送迎で離席する時間はあったとしても、スケジュール調整も含めて、アウトプットで勝負する。前職でも、実際にそういう働き方をしてきました。
だからこそ、「子どもがいる」という条件がこれほど転職を難しくする現実を知り、自分の考えの甘さを反省しました。

⑨    最後に

新しい職場では、事業開発・推進に携わり、より長期目線で事業を考えられるビジネスパーソンを目指したいと思っています。
不動産業ならではのアセットを持ち、長期で収益を回収していく考え方。最終消費者の生活を豊かにするために、何を、どのように実現するのか。一つひとつ、しっかり勉強して自分のものにしたいです。

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