【東証プライム上場 首都圏の鉄道グループ 中核不動産会社】
都市開発事業部 大規模不動産開発のプロジェクトマネジメント・コンストラクションマネジメント
【東証プライム上場 鉄道事業会社】
在来線橋上駅舎・自由通路新設の工事監理
→在来線鉄道施設(駅や事務所、電気設備建屋)新築・改修の設計・発注・監理
→大規模インフラ整備計画における新駅舎、関連施設の建築計画策定
※7年間で延べ50件以上の工事を担当
山下 淳男 氏 31歳 / 男性
学歴:県立高校 卒
私立大学 理工学部 建築学科 卒
私立大学大学院 理工学研究科 建築学専攻 修士課程 修了
一級建築士
学生時代は、「つくる側」ではなく「発注者側」の立場として建築に関わりたいと考えていた。設計事務所でのインターンも経験したが、設計業務の進め方や求められる適性が自分には合わないと感じ、設計者として建築に関わる道は選ばなかった。
建築を通じて社会に関わりたいという思いはあったものの、「どのような立場で、どのような価値を発揮したいのか」という点については、当時は十分に言語化できていなかった。就職活動では、大学や研究室の先輩が在籍している企業を中心に応募し、先輩がいることで得られる情報量の多さや、働くイメージのしやすさに安心感を覚えていた。
正直なところ、自分の成長や裁量、将来どのようなキャリアを描けるかといった点へのこだわりは強くなく、自己分析や企業研究について今振り返ると甘かったと感じている。会社説明会では、大規模で社会的意義のある事業に対して「面白そうだ」という感覚的な興味を持った程度で、それ以上踏み込んだ視点を持てていなかった。
当時は「安定した企業であること」を無意識のうちに重視していた。社会人としてやっていけるのかという不安もあり、先輩がいる企業であれば大きく外れることはないだろう、という判断をしていた面がある。
前職もそのような考えに基づき、情報の多さと安心感が決め手の一つになっていた。
一方で、今の視点から見ると、「この会社に入ることで、どのような実務経験を積み、数年後にどうなっていたいのか」というキャリアの逆算ができていなかった。
今の自分であれば、「このような会社に入るべきだ」と明確に言える企業像を描けており、新卒時の自分に対しては、より長期的な視点で企業を選ぶ重要性を伝えたいと感じている。
前職では、駅舎の新築プロジェクトや、会社が保有する施設の改築・建て替えなどを中心に、発注から工事監理まで一貫して担当してきた。立場としては発注者でありながら技術者としても関与し、工事の安全管理、品質管理、プロジェクト全体の工程・コスト管理を担っていた。
正直なところ、安全管理は本来ゼネコンの業務であり、品質管理についても設計事務所が主体で進めた方が合理的ではないかと感じる場面も多かった。ただし、ゼネコンや設計事務所と対等に議論し判断を下すためには、発注者側であっても最低限の建築知識が不可欠であることを実感し、その点では非常に良い経験になったと考えている。
プライベートの時間を使って一級建築士資格も取得し、技術者としての知見を意識的に深めていった。
マネジメント面では、品質を確保しながらコストとのバランスが取れる工程を成立させるために、常に複数の選択肢を比較検討する視点が身についた。
また、プロジェクト推進にあたっては社内外の関係者との調整が不可欠であり、建築の専門知識を振りかざして押し通すのではなく、相手の理解度に合わせた説明や合意形成を行う力が養われたと感じている。
最大で約30億円規模、工期3年程度、ステークホルダーが数十名に及ぶプロジェクトを担当する中で、「揉めず、しかし舐められない」立ち位置を意識しながら、円滑に合意形成を図り、プロジェクトを推進してきた。
こうした実務経験を積む一方で、次第に強い停滞感を覚えるようになったことが、転職に至った最大の背景である。
これまで自分が仕事にやりがいを持って取り組めていたのは、「終わりの見える目標」や「動きのある環境」の中で、前進している実感を持てていたからだと、後になって気づいた。これまでの部署では最長でも3年程度で区切りのつくプロジェクトに携わっていたが、最後にいた部署では、終わりの見えない業務や内向きの仕事が多く、意思決定にも複数回の会議を要するなど、前に進んでいる感覚を持ちにくい環境だった。
停滞感は、そのまま成長の鈍化に対する焦りへとつながっていった。社外の関係者との実務的なコミュニケーションにはやりがいを感じていたものの、部署全体としては内向きの業務が中心であり、自分の志向や強みが十分に発揮できていないと感じる場面が増えていった。
また、「自分がやりたいこと」と「会社へ貢献するために求められていること」の乖離も大きなストレスだった。学生時代の専攻や一級建築士資格保持者ということで建築構造技術支援を担うチームにアサインされていたが、構造設計事務所への社外出向を通じて実務能力を高めて戻ってきた先輩社員を身近に見る中で、同様の実務経験の場がなければそこまで成長できないと感じる一方、自分にはその機会がない現実も見えていた。その結果、諦めに近い感情が徐々に強くなっていった。
それでも会社のためを思い、自分の志向を押し殺し、「これは好きな仕事だ」と思い込ませながら、書籍を購入して勉強しようとした。しかし気持ちが伴わず、全力で打ち込めない自分自身に対して、さらにストレスを感じる悪循環に陥っていた。
こうした思いを周囲に相談できなかったことも、状況を深刻にした要因の一つである。
家族には、技術職特有の業務や職場の構造的な話をうまく説明できないと感じ、話すことを避けていた。また、同じ会社の同僚に対しても、「同僚は今の環境にやりがいを感じて働いているかもしれない」と考えると、自分の違和感を口にすることが失礼に思え、一人で抱え込むことになった。
その結果、最後の部署に異動してから4カ月も経たない頃から転職を意識するようになり、自分が本当に関わりたい業界を調べ始めた。
転職にあたって譲れなかった条件は、家族がいることを踏まえて年収が同等以上であること、転勤がない、もしくは少なくとも当面は発生しないこと、そしてスキルアップにつながる業務内容だった。
一方で、それ以外の条件についてはこだわりを手放した。特に、企業の社格やネームバリューといった点については、新卒時とは異なり、優先度を下げた。
「どの会社に属するか」よりも、「どのような役割を担い、どのような経験を積めるか」を重視する判断に切り替えた点は、自身の価値観の大きな変化だと感じている。
こういった考えについては妻にも伝え、理解を示してくれたことで前向きに転職活動に取り組み始めることができた。
転職活動の初期段階では、業界や各社の事業構造に対する理解が浅く、事前に用意した逆質問も表面的な内容にとどまっていた。面接を受ける中で、逆質問こそが企業理解を深めると同時に、自身の思考の深さや本気度を伝える重要なポイントであることに気づいた。
それ以降は、企業研究を徹底的に行い、生成AIや転職エージェントとの壁打ちを通じて、質問の切り口や深さを改善していった。
働きながらの転職活動は精神的にも体力的にも厳しかったが、人生を懸けて自分自身を売り込む場である以上、準備不足のまま臨むことは失敗につながるだけでなく、相手企業に対しても失礼であると感じた。
面接は、双方が仕事の時間を削って臨んでいる場であり、だからこそ一方的な選考ではなく、「互いにとって有意義な時間をつくる」という意識を持つことの重要性を学んだ。
次の職場では、前職のやり方に固執することなく、まずは会社やプロジェクト全体を俯瞰的に理解することを重視したい。広く浅くで構わないので全体像を把握し、その上で自分が価値を発揮すべきポイントを見極めていきたいと考えている。
また、意思決定者との認識共有をこまめに行い、重視されている視点や思考プロセスを学びながら、主体的にプロジェクトを推進できる実務家になることを目標としている。中長期的には、数年後にマネジメントレイヤーへ上がることを意識し、視座を高く持って業務に取り組みたい。
加えて、不動産分野に関する資格取得にも注力し、直近3年を目標に複数の資格取得を目指して継続的に自己研鑽を行っていこうと思う。
クライアント企業との太いパイプと採用実績・高い定着率で財閥系企業や上場企業を中心に各業界の大手企業各社から評価を頂いており、ハイキャリアの転職支援実績が豊富にございます。
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