本日現在:1298 転職体験記
No.710

海外事業のプロ、2年2ヶ月の苦労の末の転職

前職
老舗医療機器メーカー 海外事業部門  現地法人 副総経理 (副社長)
現職
大手介護付有料老人ホーム運営企業  海外新規事業開発 東南アジアプロジェクトマネジャー
増井 忠雄 氏 / 50歳
上智大学 外国語学部 イスパニア語学科 中退

初めに

(株)エリートネットワーク様を通じて意中の企業から内定を頂き、まだ出社まで3週間ほどある5月初旬、転職カウンセラーの杉本様とお食事させて頂く機会がありました。求職期間中の苦労話などをお話ししておりましたら、杉本様より是非転職体験記として文章にして下さいとのお勧めがございましたので、ここに記したいと存じます。

この体験記をまとめるにあたり、(株)エリートネットワーク様HPに掲載されている、これまで転職活動された方々の、特に40代後半の方の 『転職体験記』 を幾つか拝読しました。
まず、驚かされたのが、数が圧倒的に少ないことです。700件の体験記中40〜47歳の方が約60件。私と同じ年齢の48〜50歳の方が約10件ということで、如何に40代後半の転職が大変であるかを改めて感じた次第でございました。
お恥ずかしい部分も多々ございますが、私の体験記が特に同じ40代後半の方々の転職に、少しでもお役に立てば幸いでございます。

背景・経緯

まず、なぜ転職したのかということですが、私はご縁があり老舗医療機器メーカーに20年以上勤務し、自分自身定年までずっと勤め上げる気持ちでおりました。
職務は海外に関すること、新規事業が多く、非常にやり甲斐のある場を任されていたことを今でも感謝しております。

転機は海外子会社への出向でした。設立以来9年連続で赤字を出し、その管理を日本側から行っていたのですが、自分自身が現地駐在となる辞令が発令され、赤字体質を大元から改善すること (又は存続できない場合、如何に収束するか) を期待され赴任致しました。

自分も望んだ出向でしたし、これまでの日本からの遠隔管理を現地で自ら管理する立場に大いに意気込んで、その職務に全力で当たりました。
それまで出張で数十回も行っていたのに、実際に駐在してみると日本から管理やサポートしていた時には想像すらできなかったような生々しさが、良くも悪くもそこにありました。
店舗運営の中で、在庫管理のあまりのルーズさや、店長の不正、勤怠管理の不徹底などに軽いショックを受けたのみならず、現地副社長と代理店との癒着・架空売上など、子会社存廃の瀬戸際となる事件まで目のあたりにしました。その一つ一つを現地スタッフと協力し、改善して行きました。

結果的にそれまで9年連続赤字の会社を駐在2年目で黒字に変え、日本帰国後も黒字を2期連続で出す体質を作ったと自負しております。
しかし帰国して気付いたのは、私が駐在期間中に日本本社も大きく変わってしまったということでした。

詳細は書くことができませんが、帰国した私に居場所はなく、逆に新しい世界で自分のこれまで培ってきたあらゆる経験を試してみたい気持ちばかりが膨らんでいきました。
特にどこか転職先の当てがあった訳でもないのに、帰国後1か月で辞表を提出しました。
ある方々には 「今辞めるともったいないよ。隠れて求職活動しながら、見つかったら辞めればいいのだから」 と言って頂いたのですが、私の中に、既に心の離れた会社に毎日出勤することは、逆に皆さまに迷惑になるという考えがあり、辞表を受理して頂きました。私の目にはもはや、別の企業で海外事業に就いてみたいという夢しか映っておりませんでした。

転職活動

結果から申しますと、転職活動には2年2か月を要しました。
インターネットを通じ100社以上に応募し、12社書類選考通過、2社は二次面接まで辿り着きました。
書類選考を通過した企業は大手家具チェーン、大手美容痩身サロンチェーン、老舗化粧品メーカー、大手健康美容器具メーカー、渋谷系ファッションブランド、大手ガス商社、化粧品通信販売会社、アジア大手PC部品メーカーなどで、ほぼ全て海外事業の職種です。

今振り返ってみればどれもかなり名のある企業ではありましたが、やはり縁がなかった、又は私の力不足だったと思います。

冒頭の杉本様との会食の中では 「最後までぶれない」 難しさという話が出ました。思えば40代後半の転職、2012年の民主党野田内閣が発足した当時の景気の悪さを考えると、確かに無謀とも言える転職で、長期化する転職活動に自分自身何度も、もう海外関係の求職は諦めて、年収さえ希望額であれば何にでも就こうという考えになりかけました。

家族の反対を押し切って、自分の我が儘で退職し、自己都合退職になるので失業保険は3か月後からの給付で5か月間のみ。自分の中ではこの8か月もあれば絶対職に就けるという、何の根拠もない自信だけがありました。それが保険給付も終わり退職金が底をついてくると、専業求職活動はもはや出来なくなりました。

2年目の、アルバイトをしながらの求職活動は辛い時期ではありましたが、少し気持ちは和らぎました。毎日朝から晩まで、たくさんの求人をインターネットで探して応募することの繰り返しの日々に、家族と一緒に生活していると、どうしても閉塞感とプレッシャーが感じられ、外に出ることの喜びと、仕事内容が何であれ真面目に取り組む充実感もそれなりにありました。

アルバイトは色々考え、いつでも辞められるもののみを選びました。最初は単発、それから派遣、契約社員でシフトのある事務系職に変えました。そんな中、自分と同様、求職活動を続けながら派遣・契約社員として働く方々とも出会いました。中には既に3年も4年も続けていらっしゃる方もあり、私も正社員の世界には戻れないのではないかという恐怖心すら湧き上がり、焦燥が募っていきました。

一方嬉しい知らせもあり、それは都内の私立大学で仮面浪人 (大学に在籍しながら、別大学や別学部に入り直す勉強を続ける学生受験生のこと) をしていた長男が、希望する京都大学に合格し、それまでの数年の苦労から抜け出せたことでした。
家族は、本当に家族のことを思うが故に時に厳しく接するものですが、そのプレッシャーと戦いながら、最後までぶれなかった長男を見ると涙と勇気が出ました。

結果的に求職は長期化しましたが、やはり契約社員職があったおかげで生活もそれなりに安定し、シフトに合わせて平日に面接を入れられたのは大変良かったと思います。面接の機会を得る毎に、アピールポイントなどブラッシュアップされ、自信も付いてきました。

沢山の人材紹介会社の方々とお会いし、最後にご縁のあった(株)エリートネットワーク様から3社も面接をセットアップして頂きました。その中でも特に自分の意中の企業に内定を頂いた時の嬉しさは、言葉にできないほどでした。本当に(株)エリートネットワーク様には、心より御礼申し上げます。

最後に

転職を後悔しているか? と聞かれたり、自問されたりすることがあるかと思います。後悔しても始まりません。素晴らしい転職ができると、どうぞ信じて下さい。諦めたら、その時点で終わりです。自分が妥協したもの以上のものは得ることができません。信じることで、色々工夫をしてみたり、自身を成長させたりすることが出来る筈です。世の中これだけたくさんの会社があるのだから、自分がこれまでやってきた実務経験を評価してくれる企業は必ずあります。家族と友人を大切にしながら、人生の節目を、より良い節で刻んで下さい。40代50代の皆様、共に頑張りましょう。
私は、転職に必要な物はテクニックよりも、「熱い想い」 と 「ぶれない気持ち」 だと思います。

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