本日現在:1225 転職体験記
No.1187

保健師、未経験で母子保健から産業保健の領域へ

前職
赤十字病院(小児科、未熟児室) 看護師
区立保健センター 行政保健師(非常勤)
現職
一部上場 農機メーカー 工場健康管理室 産業保健師
坂口 春江 氏 / 32歳
福岡県立 城南高等学校 卒
長崎大学 医学部 保健学科 看護学専攻 卒
長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科 保健学専攻 助産師養成コース 修了
看護師
保健師
助産師

①学生時代にさかのぼって新卒での就職の時の志や志向

<学生時代>
高校までは福岡で生まれ育ち、大学は九州にある地方国立大学へ進学しました。看護学科へ進学する決め手となったのは、私立文系であった兄と姉の2人に、国立理系への進学と、手に職を持つ事を勧められたことです。2人の就職活動の大変さを見ていたので、私でも進学可能な理系の学科として、看護学科を選択しました。
高校時代は文系のクラスだったので、受験対策で選択科目でない化学を勉強し、それなりに努力し現役で合格できた時は嬉しかったです。担任の先生に合格を伝えた時は、1番心配だったと言われましたが、理転し現役で国立理系への進学はかなりのチャレンジャーであったのだろうと思います。

大学時代の4年間は部活動とバイト三昧で、決して真面目な学生とは言えませんでした。一緒に行動していたグループの人が地元出身の子ばかりで代わりに出席を取ってくれ、部活の先輩が過去問をくれるので、大学生活は要領良く乗り切っていた様な気がします。大学に進学する際、父は「社会人になったら嫌でも働かなくてはいけない。大学はそれまでの猶予期間と思い、十分に遊びなさい。」と送り出してくれました。その言葉だけは忠実に守り、部活にバイトに飲み会、時には英会話も習い、本業の学生は半分くらいの気持ちで取り組んでいました。

しかし看護実習が始まると、普段は全て適当なのに、実際に患者さんを前にすると一生懸命に取り組める、という自分を発見できました。手に職という安易な考えで看護師という道を選択し進学しましたが、看護実習を通して、本当に看護師として社会に出る覚悟を決められた気がします。
看護実習では慢性期、急性期、在宅や地域など沢山の経験をする中で、小児科病棟が1番ナチュラルな自分で患者さんと向き合えている気がしたので、新卒の際は小児科病棟の看護師を希望しました。今思い返すと、私の幼少期から母が病気を患っており、そんな背景もあり小児科を選んだのかなとも思います。

<新卒での就職>
看護師国家試験を乗り越え、新卒の際は地元の福岡の総合病院に就職しました。決め手となったのは教育体制が整備されていること、院外研修へ行かせてもらえること、全国展開しているため病院間の人事異動が可能なこと、輸血事業や災害時の対応など社会貢献の要素が大きいことでした。
希望の通り小児科・未熟児室の勤務となり、日々の病棟勤務を頑張りました。学生時代の不真面目が祟り、新人時代は分からないことだらけ、先輩や同期に助けてもらいながら、怒られながら、時には泣きながら勤務したこともありましたが、それでも毎日患児と向き合えることが楽しかったです。「自分には何ができるのか?」と常に問いかけながら働いていた記憶があります。

職場にも慣れた看護師2年目を越え、新人の指導係を任されようとしていた3年目の頃から、一体この病院に何年勤めるのか?退職するなら結婚して寿退社?など、今後のことについて少しずつ考える様になりました。小児分野でより専門的に学びたいという想いもあり、小児の専門病院へ移ろうか、など漠然と考え始めました。
(勤務先が中核病院であり、重症な患児は大学病院へ転院していた経緯もあり)

<専門性を磨くべく、大学院へ>
そんな矢先、大学の恩師より大学院への進学を勧められました。小児科から母子分野に広げて助産師資格を取ること、研究し専門性を磨き、修士課程を取る事を提案されたのです。
正直、学生時代を振り返ると大学院に声をかけてもらえる様な生徒ではなかったので、恩師からの連絡はただただ有り難く、記念受験のつもりで受験しました。結果は合格。修士課程で研究したいことも特になく、ただ母子分野での専門家への近道として助産師資格を取ることを目標に進学しました。

一旦社会人を経験しての大学院生活は、驚くほど勤勉でした。
何故かというと、まず学費です。大学時代は親に払ってもらっていた学費ですが、大学院の学費は看護師時代の貯金で払ったため、お金の大切さが身にしみて真面目に授業に参加しました。
次に時間です。勤務している頃はとにかく残業が多くプライベートの時間が削られていました。時間の貴重さを痛感していたので、一生懸命勉強しました。

恩師との相性も良かったお蔭か、研究は特に苦でなく、新しいことを学べる環境がとにかく楽しかったです。8時から23時までラボに篭り、多くの課題をこなし、自分の勉強に費やした2年間でした。
1番の学びになったのは論文の抄読会です。今まで疑問も持たなかった物事に対し、いろんな角度から見直し吟味する、様々な物の見方、考え方があることを学びました。

<助産師資格を取得し、再び社会へ>
修士課程の2年間はあっという間でした。念願の助産師資格も無事に取得し、総合病院の産婦人科で、助産師として妊娠・出産・産褥期の母子のケアに携わることになりました。大学院では割と勤勉だったことや一旦社会人を経験していたこともあり、この総合病院では、知識よりも技術の習得に専念できた気がします。ただワークライフバランスの面では生活の9割方が仕事で占められており、何年ここでやっていけるかと不安であったのも事実です。またこの時に甲状腺機能低下症も分かり、身体的な面を考慮し日勤だけの仕事へシフトすることにしました。

そこで、市役所へと転職し、保健師として充実した毎日がスタートしました。母子保健のベースは臨床の場で鍛えられていたのでスムーズに働き始められました。母子が退院した後の自宅での生活のサポートがメインとなったため、より生活に密着し、生きることの本質に触れられたと思います。このまま行政保健師としてやり続けたいとの気持ちもありましたが、結婚を機に、退職することとなりました。
退職後は夫の仕事に合わせて、非常勤やパート勤務で行政、NPO、病院などで働きました。

②今日までの担当業務や実務経験、体得したスキル

・思春期、妊娠、出産、産後、子育て、更年期といった女性のライフサイクルに合わせた関わりとケア。周産期における母子へのケア。
・地域住民への健康増進のためのアプローチ。健康増進のための地域・コミュニティづくり。
・地域における人材(地域住民、公民館、町内会、行政や病院など)と連絡調整し、目的遂行のためのコーディネート。
・健康教育のための資料づくりと講演。

③今回転職するに至った背景や理由・きっかけ

結婚を機に退職し、夫との生活を支えながら、家事に支障のない範囲での働き方を模索し、3年程非正規雇用で働いていました。しかし社会保障ややりがいを求め始め、非正規雇用という働き方へ徐々に疑問を持つ様になり、もう一度正職員として働こうと思ったのが、転職活動を始めたきっかけです。
転職に至る具体的な理由には、非正規雇用では医療保険、年金などの福利厚生の面で明らかに不利である点や、妊娠したら確実に収入がなくなる点などが挙げられます。

決定的な転職のタイミングとしては、勤務先で病欠が出た際に人員補填や業務分担がされず、病欠分の業務が非常勤職員へ丸投げされたことでした。意見しましたがなかなか建設的な話し合いは為されず、最終的に退職することにしたのですが、ここで非正規雇用の立場の弱さを実感し、この様な扱いをされるならもう正職員で働こうと決意しました。

転職の際、(株)エリートネットワークさんにご相談する前に友人などにも相談しました。
中学時代からお互いをよく知る仲の友人から、労働人口の減少や人材確保が困難になっている現状を踏まえ、「あなたを必要とする職場は必ずあると思う」と言ってもらえたことには背中を押されました。また臨床10年目を迎え、看取りをしている看護師時代の同期には、「人は最期を迎える時に必ず後悔も口にする」と言われ、このままの生活だと私は「家庭以外にもっとできることがあったのでは……?」と思うと確信し、やはり転職しようと決意しました。

④こだわったり、譲れなかった事柄、逆に、従来のこだわりを捨てた点

母子保健という今までの経験は一旦諦めることにしました。これまでの10年のキャリアが母子保健であったゆえ、なかなか諦め辛い点ではありましたが、母子保健で学んだ「アタッチメント(愛着形成)」や「人は置かれた環境で形作られるもの」という点は、産業保健の分野へ繋げられると思いました。(人を大切にする職場づくり、より良い職場環境づくり)

譲れない点は福利厚生が充実した会社であることと、残りの人生を定年退職まで捧げても構わないと思える会社であることでした。(株)エリートネットワークの転職カウンセラーである篠原さんとの面談を通して、自分が譲れない点にはその他にも、「社会貢献」という点が含まれているということがだんだんと見えてきました。医療や行政でしか経験がなかった私にとって、篠原さんとの面談は、広い世の中のことを知る勉強の機会となりました。

⑤転職活動を通じて、気づいた点や学んだ点

そもそも企業についての知識が皆無だったので、どんな分野でどんな企業があるのか、候補に挙がった企業について教えてもらえたり、業界地図を紹介されたりしたことは、素人の私にとって貴重な経験でした。医療系の分野にいると、よくあることかもしれませんが、社会経済的なことに疎いことも少なくないと思うので、ここで民間企業に就職することとはどういうことなのか教えてもらえた気がします。

結婚を機に退職した際、今後は家庭のために生きるものであると思い込んでいました。私の生まれ育った家庭が、父が働き、母は専業主婦という環境だったからかもしれません。しかし、経済的なことや社会保障の面、また生きがいを考えた時に家庭以外の自分の居場所を持つことが必要なのではないかという考えに至りました。

⑥次の職場に賭ける意気込みや覚悟等

32歳で転職し、産業保健という新しい分野へ挑戦することに、正直どれくらい今までの経験が通用するのか、どれくらい新しいことを吸収できるのか、不安もあります。しかし同時に、ほんの1年前の自分でさえ産業保健師をしている姿は想像できていなかったので、人生何が起こるかわからないし、変化を起こすのも自分次第であるのだと感じています。不安はありますが、思い切って新しい環境に身を任せてみる、その色に染まってみようと思います。

これからの社会は就労人口が減少する中で一人を大切にし、一人一人のパフォーマンスを最大限に活かすことが求められると思います。快適な職場づくりの基本は良好な人間関係であると思うので、人づくり、温かい職場づくり、という点で、これまでの非正規雇用の経験も母子保健の経験も、活かしたいと思います。

篠原さんとの面談を通して、自分の中で漠然としていた転職活動がどんどんクリアになってきて、転職を通してどんな人生設計を望むのかまで考えさせられました。また篠原さんでないと今回の内定には結びつかなかったと思います。入社が楽しみです。お世話になりました。ありがとうございました。

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