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新聞記者33歳。転職カウンセラーから提案された予想外の老舗生命保険会社へ納得の転職

新聞記者33歳。転職カウンセラーから提案された予想外の老舗生命保険会社へ納得の転職

No.1539
  • 現職

    【財閥系 大手生命保険会社】
    本社総合職 マーケティング担当

  • 前職

    【創刊約150年の全国紙を発行する大手新聞社】
    東京総局 武蔵野・立川エリア担当記者(警察と高校野球担当)
    → 静岡総局 記者(警察・裁判・国政選挙含む県政担当)
    ※社内賞(部長賞)2回受賞
    →大阪本社 コンテンツ編成部門 編集者(紙面編集、自社デジタルサイトコンテンツ編成)
    →大阪本社 編集局 社会部 記者(警察・裁判・国政選挙含む県政取材)
    →東京本社 編集局 文化部 記者キャップ(映画・放送取材担当)

堀澤 剛太 氏 33歳 / 男性

学歴:大阪府立 北野高等学校 卒
※水泳部所属(種目:自由形)
早稲田大学 政治経済学部 政治学科 卒
第三級陸上特殊無線技士

① はじめに

お世辞でもなんでもなく、率直な実感としてまず、言いたいことがある。
それは、(株)エリートネットワークの転職カウンセラーの高橋さんとの出会いがなければ、私の転職は決まっていなかっただろう、ということだ。

② 新卒での就職活動

33歳の私は、東京都内の私立大を卒業後、2013年にマスコミ(全国紙)に記者として入社した。
大学時代から、報道とは、ジャーナリズムとは何かを考える授業を多く受講しており、フィールドワークやサークル活動を通じて、言葉・文字を通して人に何かを伝えること、それが考える種として、人々の心に作用すれば、社会は変わっていくのではないか、それがジャーナリズムだと思って志したのだった。

就職試験では、ほぼマスコミだけに絞り、その中でも面接で、紋切り型ではなく、質問者の個性が浮かび上がってくるような質問が多かったと感じた新聞社に入社を決めた。
自由な社風を感じたのだ。

③ 転職の決意

それから約10年。
私の予想をはるかに超えて、新聞発行部数は減少の一途を辿り、デジタル改革の遅れも目に見えて顕在化した。

こうした時だからこそ、経営陣は攻めの姿勢で臨まなければならないと思うが、クリアなものではなく、打ち出される方策は、その場しのぎのコストカット。
「改革」という名の年収減と、事実上の要員減だった。
こうした方針は、徐々に現場を蝕む。確実に編集の現場の空気に伝染し、萎縮を招いているのは、明らかだった。

従来から攻めの姿勢で、と社内でも要望していた私にとって、組織が大きい故に、何かを変えるにも時間が掛かると分かっていても、中々変わっていかない現状は、好きな仕事へのモチベーションにも影響しかねない。
優秀な同僚たち(特に若手)の退社も相次いだ。業務量が減らない中で、こうした事象は、個々の労働時間の負担増に繋がる。

「本当に、今のままでいいのか?外に飛び出すのも、リスクだ。納得はできないが、今の会社にそれでも残り、このまま会社員人生を重ねていったほうがいいのか。家族はどうする?妻と(新しく生まれてくる)子どもを守れるか?」――。
何度も逡巡し、熟慮を重ねたうえで、2023年6月頃に「転職」すると決めた。

④ 苦戦した転職活動初期

問題はそこからだった。
数多くの転職サイトが存在し、どうすればいいのか。正直、今でも分からない点が多い。
知人の助けも借りて、とりあえず、20代後半から30代の転職に特化していそうなサイトに登録した。
すると、これまた数多くの転職エージェントから、毎日、とてつもない量の勧誘メールが届く。
1通ごと開封し、時間を掛けて読んでも、どれも似たような内容だ。

試しに2~3人のエージェントと面談をしてみた。
面談を通して、これまで培った力や経験、社会に貢献したいというマインドを生かしながら、親和性がそれなりにあると判断されたコンサルティング会社や広告会社に応募をかけてみたが、どれも書類選考で落ちた。
「記者は潰しがきかないよ」と聞いていたので、ある程度は覚悟していたものの、ある社から、落選理由についてこう書かれていたのは、やはりショックだった。
「現在の年齢と、経験値とのミスマッチのため、お見送りとさせていただきます」――。

時間だけが過ぎていき、真夏を迎えた。

⑤ 転職カウンセラーの高橋さんとの出会い

ある日、たまたま、メールを開くと、以前から定期的に案内を送ってくれていた人が目に入ってきた。
それが、エリートネットワークの高橋さんだった。

もちろん、そういう方は他にもおられたが、高橋さんのメールを改めて読み返してみた。
伝わってくる人柄と、熱意、抜群の転職実績……。
それまでも、すごいやり手の人だなあ、と率直に感じつつ、大変失礼ながら、メールに添付されている高橋さんのお顔を拝見し、私の父と同じぐらいの年齢だと感じていた。
「年齢が離れすぎていないだろうか。フランクに相談できるだろうか」と少し引いてしまっていたところがあったのだが、「高橋さんに会って、全て相談してみよう」と、このとき初めて思った。
私は記者という仕事の時は、押し引きを大事にしつつ、基本的に攻めていくのだが、いざ自分のこととなると、慎重になりすぎるきらいがあった。

会いたい旨をエリートネットワーク様にメールすると、多忙な高橋さんとのスケジュールが合わず、別の若手のエージェントの方が面談する形ではどうか、と言われた。
ただ、こうした自分なりの心の変遷があったので、どうしても高橋さんでお願いしたい、と再度伝え、調整して頂いた。

⑥ 面談前の緊張

23年9月5日。高橋さんと直接、お会いした。
実は、その前日、高橋さんの人となりを理解したいと思い、エリートネットワークを利用して転職された方の体験記を読み込んでいた。
ただ、その体験記の中で、高橋さんから、特に所作や人の話を聞く態度について、猛烈な指摘を受けた人のものを目にし、「己の所作まで、点検されるのか。これは、ごまかせない。今まで生きてきた己の全てが晒される。とんでもなく怖いことになるかもしれない」と身構えていた。
だから、この日は非常に緊張していた。

部屋で待機していると、高橋さんが入ってこられた。
「お待たせしました。エリートネットワークの高橋です。」
あれ?見た目は、メールで拝見していたとおりの白髪のダンディーな趣。しかも、物腰が柔らかい。全然、身構える必要はないのではないか、と感じていたころ、面談がスタートした。

出身地からはじまり、中学、高校、大学……私がこれまで歩んできた道のりを一つ一つ詳しく尋ねられた。
ここまで深く尋ねられるのは初めての経験で、ここまで聞くのか、と驚嘆しつつ、注目したのは、高橋さんの目。
質問に答える私の様子を、まるで獲物を見るかのような目でしっかりと見据え、メモされる姿をみて、「全力でこちらも応じなければ」と襟を正した。

これまで体得したスキルとして文章力、企画構成力、発信力、交渉力等と整理し、こちらの求める条件として、年収面は今と同じレベルでありたく、同時に、月ベースの労働時間も、残業については少し減らしていきたい旨を伝えた。
その上で、外資系でも受けたいと思っていると付け加えた。

そうこうしているうちに、高橋さんにこう言われた。
「どうして転職するのかという理由について、マイナス的なことを一切言わず、前向きな形で、というのはよく聞くことですが、しかし、あなたがいま勤めておられる会社の現状は、事実ではないのですか。
有価証券報告書などで全て公開されている事実なのではないですか。
それを転職理由として実際の面接で伝えても、何の問題もないのですよ。みんな知っていることです。言い方だけに気をつければいいのです。」

目からうろこだった。

そして、「外資系もありとのことですが、やめましょう。本当はあなたもお気づきではないでしょうか。あなた自身の性格やご家族、労働環境等、求めていることを考えると、無理はせず、素直にいきましょう」と。
わずか30~40分程度の時間で、この人は私を把握し、そして見抜いているのだと実感した瞬間だった。
間違いなく、ベテランのなせる技だ。
そして、こうも言われたのが強烈だった。

「記者で33歳。はっきり言いましょう。転職ができるかどうかの最終コーナー、瀬戸際にあなたはいます。本当はもう少し早く決断をしていれば、更に多くの選択肢があったのですが。
しかし、あなたは10年近くも一つの会社で働いて、決断された。それ自体は素晴らしいことです。そういう方は、信用度が高い。信じてください。私が必ず、(良き転職先を)決めますから」と。
高橋さんに全てを委ねることを決めた。

⑥ エリートネットワークでの転職活動

高橋さんが応募先として選んでくださったのは、10社程度。
もちろん、書類選考で落ちた企業もある。

しかし、これまでの転職エージェントの方と違うのは、予想もしなかった分野、職種の会社が紹介されてきたことだった。
はっきり言って、「私のどこをみて、この会社の適性があると思われたのだろうか」と疑問に思う企業もあった。
実は、その1社が、私の転職先なのである。

転職を決めた後に、高橋さんがお声掛けくださったランチミーティングの時に、こう尋ねた。
「高橋さん、私のどこをみて、転職先の会社をご紹介してくださったのですか」と。
高橋さんは「まあ、直感ですよ!」と笑っていた。
長年の経験から裏打ちされる実力とセンス。やはり、プロはすごい。

転職先は、今の会社と福利厚生面も含めて、まったく申し分のない会社。
私が重視する社風や社員の人柄についても、面接だけでなく、面接の合間に開かれる「個別面談」で、丁寧にフォローしてくれる等、選考が進む度に、「私が行きたいのは、この会社だ」「この会社に入社したい」と強く思うようになった。
結果的に12月下旬に内定が決まった。
補足すると、転職先の会社の人事担当者も高橋さんに全幅の信頼を寄せていることが、言葉の端々から伝わってきた。
だから、この会社は高橋さんに仲介を任せているのだなと実感できた。

事実なので繰り返すが、転職先の会社と縁を作ってくれたのは、高橋さんなのだ。
高橋さんがいなければ、私はこの会社に応募しようともせず、転職を決めることはできなかったと確信している。
はっきり言えば、運が良かった、とも言える。

選考中も、「土日、夜でもかまいません。次の選考の準備、打ち合わせをしましょう」と連絡をくださり、転職先の会社が何を重視しているのか、何を面接で大事にすべきなのか、本質的なポイントを教えてくださった。
そのポイントは、まさに次の選考で尋ねられたことだった。

⑦ 最後に

運、良縁を、新しい職場で繋いでいき、新たな価値を生むのは、私の役目だと感じている。
高橋さんには「過度に心配しなくていい。あなたらしく、会社で暴れてくださいね」と励ましの言葉を頂いた。
この言葉を胸に、全力で精進していく所存だ。

エリートネットワークの方々、そして、高橋さん、本当にありがとうございました。

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