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35歳、情報サービス会社から、財閥系名門企業への転職

35歳、情報サービス会社から、財閥系名門企業への転職

No.594
  • 現職

    一部上場 財閥系 物流・倉庫会社 新規事業開発

  • 前職

    大手情報サービス会社 法人営業

菅田 真二 氏 35歳 / 男性

学歴:慶應義塾大学 理工学部 化学科 卒

当時、最速での上場記録のディベロッパーに新卒入社し、1年3ヶ月後、転職活動を経てマッチングビジネス最大手に転職しました。今回は二度目の転職でした。

私の出身は関西で、高校の折に経験した阪神大震災の経験があらゆる物事の判断に影響しています。大学進学も就職でも。

新卒の就職活動では、なくてはならないサービスを提供している企業、且つ、父親が商売をしていた影響もあってビジネスの基礎を学べる (と勝手に考えていた) 営業会社を志望しました。具体的には、インフラやライフラインの事業を考えていました。そして縁があったのが一社目の一部上場のディベロッパーでした。ただ、理系出身ということで配属は経理部門。営業への転属希望を何度も出しましたが、最終的には営業部門への異動は今後も含めてないという断言を頂いたので転職を決意しました。入社1年目の最後です。(今なら向こう見ずで、少し浅はかだったとも思ってますが……。)

初めての転職活動では、“営業職と言えば” というイメージと 「直接インフラ事業に携わらない広告というカタチで世の中に役立つということもあり得る」 と考え、大手情報サービス会社にピンポイントで直接応募しました。記念受験に近い状態でしたが、その企業やサービス名から検索して関連記事や書籍を読み漁りました。そうしたらどんどんその会社に入社したいという気持ちが強くなっていきました。新卒の就職活動時は、面接などの場で奇を衒うようなことばかりを言っていた苦い思い出があり、もっとこうすれば良かったというような反省から、結果はどうであれ正直に話し、率直に行動しようということだけを決めていました。

他の候補者と比較して、自分がアピールできることなどありませんでしたが、正直に行動するという点では徹底できました。「3年後、どうなっていたいですか。何をしていますか。」 と聞かれ、「1ヶ月後の自分も分からないので、願望はあっても明確なイメージはない。それよりも今は、一日一日の積み重ねで力をつけたい。」 と回答しました。どう映ったのか分かりませんが、他の候補者は私よりも明確な返答で、すごいなぁ と不覚にも感心してしまう内容でした。そんな状態だったので内定を受けた際は嬉しかったですが、実は “契約社員” の募集だったりで、明らかな知識と情報が不足している活動でした (笑)。 しかし、誠実に企業と接してきたので、非正規雇用であっても後悔はありませんでした。

入社後は希望した営業職に配属してもらい、ただがむしゃらに働きました。契約社員なので雇用が不安定だという立場が、かえってモチベーションを高く保たせてくれました。そう、私は劣等感の塊で、勝つためより負けないために頑張ることが得意なんだと今更ながら再認識しました。
その甲斐もあって多数表彰を頂きました。ただそれも契約社員という立場に対する気遣いからか? と素直に喜べず、しんどい思いも勝手にしていました。

その後、契約期間を更新しながらチームを牽引させてもらったり色んなステージを経験できました。そして、期間満了ということもあり転職活動をしましたが、すったもんだの末、引き続き正社員に登用され、その企業にとどまることにし、半年後には希望部署へ異動させてもらうことを条件とさせてもらいました。
その間、社内の組織解体、閉鎖、リーマンショックなど色々なことがありましたが、サラリーマンだからこそ、やりたいと考えたこともない職種や、業務内容を言い渡されるなど貴重な経験ができました。たとえば、今後も営業職としてキャリアを積み、ゼネラリストとして仕事をしていくイメージを漠然と持っていましたが、コンサルティング部門へ異動させて頂いたことは今後のキャリア形成や価値観に大きく影響を与えた出来事でした。キャリア形成上の専門性の追求の重要性や今までの 「考えている風」 の分析力や知識の浅さについてはよく理解できたつもりです。

それまで多少伸びていた鼻をポキポキ簡単にしかも論理的に折られていくのは逆らい様がなく、爽快感すらありました。この間、行動心理や組織戦略、経営全般と幅広く学ぶ機会を得て、また実際に観察したり触れる機会もあったので、人生で一番深く考えた期間だったと思います。
人材ビジネスに携わっていたことと、寂しいですが、キャリア上ひとつのステップとして位置付けていた会社だったので、常にいつかは辞めると考えてきたことが背景で、今後のキャリアや何をしていきたいか、誰と働きたいかを自身に問い続けた結果、2度目の転職活動に踏み込んで行くことになりました。

動機としては大きく3つありますが、色んなタイミングが重なり、今から考えると運命のように思えてなりません。
一つは、2社目の情報サービス企業ではトータル10年がキャリアの節目だと、当初より捉えていた点と、その時点での自分の年齢が35歳という一般的にはキャリアチェンジとして限界に近い年齢というものでした。
二つ目は、退職制度上、1年前から上長との面談などを通じてで今後の社外でのキャリアを考えていたことと自分が退職金上増し対象に当たるということです。
三つ目は、東日本大震災で、ボランティアに赴いた際に、自分自身の仕事がなくてはならないものでない、ということに気づいたことです。

初めは転職サイトに登録している情報を更新したり、エージェントから直接入る連絡をもとに活動をしていました。1回だけの接触を含めると7社のエージェントと会いました。そのうち4社は転職希望者よりも明らかに企業寄りの姿勢で、応募したい企業へ全く繋いでくれない、またはエージェントが書類選考しているのが透けて見えるというものでした。
次に残り3社の内、2社は私の経歴とエージェントの持つ求人案件のマッチング確率から多くのベンチャー企業を紹介頂きました。家族に幼児を抱える身として不安がありましたが、「受かってから考えましょう」 と言われ、確かにそうだという思いもあり実際に転職活動を進め始めました。従業員規模100名弱、創立10年未満のベンチャー企業3社から内定を頂きましたが、決め切れませんでした。その企業でなければならない理由がなく、会う人によって方針や理念、戦略さえもずれている状況で、飛び込む覚悟を持てませんでした。

ここで初めて、単身での転職ではなく、家族を巻き込んだ決断であることに気づきました。もう一度、自分の仕事観や会社に求める優先順位は何かを考え直しました。腰をしっかり据えて自社への貢献から目を背けないこと (コンサルティングのような第三者的立場からの支援ではなく) と、なくてはならない事業、そして、家族と一緒にいられる環境を維持できることが外せない選社軸だと明確になりました。単身赴任で家族には迷惑を掛けてきたので、私だけのワガママ転職をする訳にはいかなかった点は大きいです。

ただ、そんな条件を満たす企業を紹介してくれるエージェントもなく、また自分で申し込んでもエージェントが初期スクリーニングを行っているなど企業と接触すること自体が困難でした。そこで私がいいなと思う企業へ数年前に転職していった後輩に話を聞きました。彼に紹介されたのがこの(株)エリートネットワークさんでした。初めは他社同様にベンチャー企業の紹介もありましたが、私の話をじっくり聞いて頂き、時には言い換えて別の言葉で整理して頂きながら、様々な企業をご紹介頂きました。もちろん門前払いをされる企業もありましたが、徐々に波長が合ってきて、強く押して頂いた企業2社から内定を頂きました。企業側にはかなり大袈裟に私をアピール頂いたのではないかと思っていますが……(笑)。 退職制度のルール上、期限がありましたが、なぜか不安がなく、周囲からはなぜそんなに落ち着いていられるのか不思議がられることもありました。しかし変な落ち着きと自信が良い具合に企業側にはアピールできたのかもと思っています。

(株)エリートネットワークさんには、こちらが切羽詰まっていることもあって、かなりしつこく連絡したりしましたが、他社にはない求人案件を多数ご紹介頂きました。また引き出せる条件面、妥協ポイントを率直にお話頂いたり、どうだったら合格し易いか、エージェントの担当者の感覚に頼らざるを得ない部分が大きいですが、そこを前向きにマッチングを図って貰えたことが、私が成功した大きな要因だと思っています。
その証拠に、同僚に相談された際は必ず (株)エリートネットワークさんを紹介しています。

まだこれからスタートラインに立つところなのですが、納得できる転職活動でした。今後とも宜しくお願い致します。

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