企業インタビュー

日揮株式会社 企業インタビュー

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石油・天然ガス関連のプラントから太陽光発電等の再生可能エネルギープラントまで、幅広い分野の大規模プラントの設計・調達・建設プロジェクトにおいて世界屈指の実績を誇る日揮株式会社。
今回は同社の執行役員でインフラ統括本部長代行と国内インフラプロジェクト本部長を兼務される山口 康春氏にインタビュー。国立高等専門学校出身の山口氏のキャリアストーリーを軸に、幅広い業界に対してプラントエンジニアリングビジネスを手掛ける同社ならではの強み、人の成長をフェアに評価する実力主義の社風、競争力の核となる人材に求める資質等についてお話を伺いました。(掲載開始日:2018年12月3日)

まず初めに、90年に及ぶ貴社の歴史の中で、事業のターニングポイントとなった出来事等について振り返って頂けますでしょうか。


執行役員
インフラ統括本部長代行
兼 国内インフラプロジェクト本部長
山口 康春氏

弊社は1928年(昭和3年)、ガソリンを主とする揮発油の需要拡大の中、日本揮発油株式会社として当時の東京市麹町区内幸町に設立されました。重油からガソリン等を精製する製造法の特許を米国UOP(ユニバーサル・オイル・プロダクツ)社から取得し、自社製油所で製造した揮発油類を販売するビジネスからスタートしました。
その後、UOP社から取得した特許と技術を活用し、1952年に石油プラントを建設する事業に転換しました。
我が国において、ライセンスを持ってプラントを建てるというエンジニアリング事業の先駆けと言っていいと思います。

実は、技術を集めて世の中に役立つ設備・プラントを造る、という意味の「エンジニアリング」という概念は、とても古くから存在します。その起源はギリシア時代に遡ると言われ、土木建築技術を中心としたエンジニアリングが、農業と並んで当時の社会を支える柱であったとされています。

弊社の歴史に戻りますと、1960年代には南米を皮切りに製油所の建設プロジェクトを数多く受注し、本格的な海外進出を果たしました。現在では、海外プロジェクトが売り上げの約8割を占めるグローバルなエンジニアリング会社となっています。

加えて、石油やLNG(液化天然ガス)といったオイル&ガス分野のプラント設備だけではなく、様々な分野に事業を展開しています。例えば、エネルギーインフラ分野では、太陽光やバイオマス等の再生可能エネルギープラントや原子力発電所等を、産業分野では、非鉄金属の精錬プラントや有機・無機化学プラント等を手掛けています。更に医薬品工場や研究所、病院といったライフサイエンス系の社会インフラ分野の設計・調達・建設事業にも守備範囲を広げています。

その後の時代の変化の中で、エンジニアングのあり方はどのように進化しているのでしょうか。


製油所(タイ・マプタプット地区)

エンジニアリングには、ライセンスに基づいてプラントや設備の基本設計を行い、そこから詳細設計に移り、実際にプラント・設備を建設し、更に完成・運転後の運用管理を支援するという一連の流れがあります。このプロセス自体は今も昔も変わっていません。

変化したのは、まずマーケットです。もともと弊社は原油を精製してガソリン等を製造するプラントを主に建設していましたが、現在ではLNG関連のプラント・設備の売上高が最も大きくなっています。

もう一つは、ツールの変化です。設計手法にしても昔のように手書きで図面を起こすのではなく、今は3Dモデルを使っています。プラント・設備の運用管理フェーズでもITシステムを構築して業務効率の向上を目指しています。

山口様は高等専門学校(佐世保高専)をご卒業後、1978年に貴社へご入社と伺っておりますが、山口様のキャリアパスを貴社の事業発展と併せてお聞かせ下さい。


「佐世保高専では5年間寮に入っており、卒業時には“5年間寮に入っていた”こと自体を表彰されました(笑)」

私は幼い頃から「ものづくり」が好きで、自分で木を切ってパチンコ台を作って遊ぶような子どもでした。
中学時代、恩師に「国立高専は授業料も安く、また5年間で大卒と同等の学力が身につけられるようにカリキュラムが凝縮されている」と聞きました。大学受験の勉強をすることなく、好きな分野の勉強に専念でき、しかも大卒者よりも2年も早く社会に出て仕事ができるという点が魅力で、佐世保工業高等専門学校に入学しました。

佐世保高専では機械工学を専攻していましたが、理工系の学科はジェネラルに学びました。そして、40年前の1978年に弊社へ入社してからは、高専で身につけた基礎学力をベースとして、会社の業務を通じて得た知見・学びを実際に使える形に組み立てていく過程を実務を通して学びました。
社会で通用する技術は、やはり会社に入ってから実践で培っていくものだと感じました。その意味でも、20歳で入社し、若いうちから幅広い経験ができたこと、様々な仕事に取り組みながら勉強したことが自分の成長のプラスになったと実感しています。

入社後のキャリアですが、最初に配属されたのはCP(コスト&プロキュアメント)部門でした。見積から発注までを一貫して管理する調達業務を通じて、約7年間エンジニアリング事業の基礎を叩き込まれました。

次にプロジェクトマネジメント部門に異動し、北海道の苫小牧市で石油備蓄基地を建設するプロジェクトに従事することになりました。石油備蓄は当時の国家戦略で、このプロジェクトには1990年まで携わり、その後は石油元売会社の原油精製プラントの改造等の仕事を担当しました。こちらはそれほど大きなプロジェクトではありませんでしたので、早くも34、5歳の頃には実務上のプロジェクトマネージャーを任されるようになっていました。

その後、1995年から始まった電力自由化の波を受け、オイル&ガス分野のお客様に発電所の建設意向が強まり、横浜市でガス化複合発電設備の建設に取り組みました。
ガス化複合発電設備とは、原油精製の過程で発生する残渣油やアスファルトを部分燃焼させ、発生した一酸化炭素と水素を主成分とするガスをタービンに投入して発電する設備のことです。これは弊社が日本国内において最初に発電設備を手掛けた案件であり、会社の歴史の中で一つのエポックとなった大型プロジェクトでした。
受注規模は約500億円。弊社の社員だけで約50名、現場の作業者を含めれば1,000名単位のメンバーが参加し、1997年から2002年まで5年かけて取り組みました。私はプロジェクトマネージャーとしてこのプロジェクト全体を推進し、完遂した時には42歳になっていました。

次に国内プロジェクトの部門マネジメントに異動し、一旦現場から離れました。
当時は国内の石油関係のお客様の多くが積極的に海外事業を展開し始めた時代でしたので、そこに新たなビジネスチャンスを見出そうとしていました。そこで2007年に「新事業プロジェクト推進室」を立ち上げ、電気、土木、構造解析等を専門とする人材を集めました。私は部長としてプロジェクトマネジメントを兼務しながら新規事業の事業化を模索する中、再生可能エネルギーに社会的な注目が集まっていたことから、太陽光発電所建設プロジェクトを手掛けることになりました。

今まで貴社で手掛けておられなかった「太陽光発電」の技術ノウハウはどのように獲得されていったのでしょうか。


「太陽光発電所プロジェクトの進行は最初のうちは手探り状態でした。しかし、エンジニアリングの根幹である『物事の本質を見極める』ことで、プロジェクトにおいて何が技術面のキーになるのかを押さえ、推進していきました」

太陽光発電の場合は、何と言っても発電効率や耐久性等のパネルの性能がカギを握ります。そのためお客様も世界のパネルメーカーをよく研究されていて、パネルの選定はお客様の意向を反映することもありました。とはいえ最終的に品質を保証するのは弊社になりますから、海外メーカーを何社も視察して検討を重ね、知見とノウハウを貯めていきました。

太陽光発電を構成する要素は実はそれほど多くありません。太陽電池をたくさん繋げたソーラーパネルとそれを支える架台、ケーブル、そして直流を交流に変換するコンバーターがあれば発電装置を構成することができます。あとは必要な専門家を集めればいいのです。

エンジニアリング会社には、電気、機械、土木等々、それぞれ分野ごとに専門家が揃っています。最適な人材を起用して現場に集め、チームの一体感を高めながら目標に向かって取り組んでもらうマネジメントをすることで知見が集まり、会社のコアとなる強みに昇華されていきます。

太陽光発電所の建設プロジェクトにおけるリスク管理について教えて下さい。

太陽光発電所プロジェクトで価格競争力を出すには、周囲のフレームを軽量化するのですが、細くし過ぎると平面であるパネルが変形するリスクがあり、見極めが難しい側面があります。各部の構造は経年劣化していく中で、10年、15年といったタイムスパンで性能を保証する必要もあります。こうしたギャランティーに関わる契約には、技術者だけでなく法務部門の専門家も交えて明確に契約上の取り決めをすることがポイントになります。

長期間に亘る品質保証を行なう上でのリスクを回避する方策として、調達部品を分納してもらっています。先に納めてもらった分から設置して運転し、万が一特定の部品やモジュールに起因する不具合が発生したら、以降は別のメーカーの製品に切り替えるといった手法を採っています。

もう一つ難しいのは土木施工です。以前は大規模な太陽光発電所の建設に適した、広くて平らな土地が国内にもたくさんありましたが、そうした土地はすでに押さえられていることが多くなっています。今は平坦な土地でなくても、いかに上手くその地形を利用して発電設備を建設できるか、という技術が求められているのです。地盤が固くて通常の杭が打てない場合には、設備の規模が大きければ杭のコストだけで数億円単位の差になることもあり、基礎の構造から考え直して工夫する必要があります。

2007年に設立された「新事業プロジェクト推進室」でスタートさせた再生可能エネルギー関連分野のプロジェクトですが、現在はどのようなビジネスを展開していますか。

太陽光発電のプロジェクトは基本的に国内で推進しながらノウハウを蓄積し続け、直近ではベトナム最大級のメガソーラー発電所建設プロジェクトを受注しました。また、太陽光発電に並行して化石燃料以外の生物由来の資源を使ったバイオマス発電関連のプロジェクトも手掛けており、実際に北海道の室蘭市において国内最大級のバイオマス発電所を受注しています。バイオマス発電については燃料の安定供給が一つの課題になりますが、現在はPKS(ヤシ殻)を東南アジアから輸入したり、木質ペレットをカナダから輸入することで確保しています。

また、はじめは10名ほどのメンバーでスタートした「新事業プロジェクト推進室」は次第に大きくなり、2016年には「国内発電プロジェクト部」に昇格。現在では部員も25名ほどに増え、太陽光発電とバイオマス発電のプロジェクトを並行して担当しています。

現在、山口様は執行役員として国内インフラプロジェクトの本部長を務めておられます。インフラ分野の今後の事業展望をどのようにとらえておられますか。


ガス処理プラント(サウジアラビア・ハウイヤ地区)

2016年に執行役員になり、インフラ統括本部本部長代行を拝命。当初は海外と国内の両方の事業を見ていましたが、国内・海外ともに案件が増えてきましたので、2017年からは主に国内インフラ分野のプロジェクトを本部長として見るようになりました。

エネルギービジネスの動き、インフラ分野のトレンドを予測することは困難で、私自身、石油等のオイル分野だけではなく、30代でガス化複合発電を手掛け、40代で太陽光発電に取り組むとは夢にも思っていませんでした。つまり5年先に弊社がどのようなビジネス領域に注力しているかを明言することはなかなか難しいと感じています。

ですが弊社には、業界屈指の幅広い事業ポートフォリオがあり、多様な分野で専門技術を蓄積しています。いかなる分野、設備であっても、機械、電気、計装制御、ITシステム、土木といった分野の専門家を結集すれば対応可能です。更に、弊社にはプロジェクトを束ねていくマネジメント力を持った人材が多数在籍しています。将来ビジネスを取り巻く環境がどのように変化しても、柔軟かつ迅速に対応できるのが弊社の強みであると考えています。

しかしながら、例えば再生可能エネルギー関連のプロジェクトは、昨今はタリフ(電気の固定買取価格)が下がってきたことから、全体のコストを圧縮しなければならず、収益性の課題もあります。世の中の動きをしっかりと見極め、経営資源を集中させるべき分野や業態は何なのか、或いは新たなビジネスモデルが必要なのか等を問い直し、模索していくスタンスが重要になります。

プロジェクトマネジメントに必要な能力について、どのようにお考えですか。

私たちが手掛けるプロジェクトは、基本的に一品一様です。同じ分野のプロジェクトであっても、場所も、中身も、条件も違います。だからプロジェクトマネージャーには「物事の本質を見極める洞察力」が必要です。

弊社の若手社員は、まずはひたすらプロジェクトに取り組みます。経験年数が上がってくると、経験値が増え、そこからある程度の先読みができる、洞察力が身についてきます。この洞察力の程度が、プロジェクトマネージャーの力量の差になって表れてくると思っています。先読みができることはリスク管理ができるということで、大きな問題が起こる前に手が打てます。仕事の経験と知見に裏付けられた洞察力が、プロジェクトのリスク管理の肝になります。

私たちマネジメント層は、若くしてこのようなセンスを持っている人を見抜き、早い段階からプロジェクトマネージャーの役割を与え、実践を通じて洞察力を磨いていけるようにしなければなりません。
一緒に仕事をする機会があれば、報告の仕方や要点のまとめ方、会話の受け答え等から「やがてこの人は洞察力を持ってプロジェクトを束ねることができるだろう」ということが分かります。それは人柄、人間力と言い換えてもいいのですが、会社としてはこのような言語化しづらい非常に曖昧な「素質」、「資質」を、人材採用の局面でも見出していく必要があります。

山口様ご自身がプロジェクトマネジメントの中で大切にしていることを教えて下さい。


「プロジェクトマネージャーに必要な能力は“人柄”と“洞察力”です」

私自身が上記のような洞察力を磨き続けているかと自問すると、甚だ心許ないと言わざるを得ません。ただ、プロジェクトマネジメントを通じて「自分はこうあるべきだ」と強く思った経験はあります。

前述のガス化複合発電設備のプロジェクトマネージャーを務めていた時のことです。先ほどお話ししましたように非常に大きなプロジェクトでしたが、設備の建設フェーズは順調に推進することができました。ところが、いざ運転に入ってからトラブルが続出。装置の中には海外の企業がライセンスを保有するものもあり、海外から技術者を緊急招集して対応しました。
既に発電設備の運転はスタートしていたので、全ての問題を早期に解決しなければなりません。弊社チームメンバーは大きなプレッシャーにさらされ、時間が限られた中で責任を果たすべく奔走しました。

私はプロジェクトマネージャーとして全ての責任を持つ立場にありましたが、とあるメンバーの体調が悪化していることに気付くことができませんでした。周囲のメンバーから「彼は少し体調が悪いからケアした方がいいのでは?」と言われて初めて気が付いたのです。現場の責任者として深く反省させられました。みんなが苦しい時こそ一人ひとりに目を配り、チームをしっかり励ますことこそが自分の役目ではないかと。
すぐに気持ちを切り替え「今は自分たちの仕事を確実に遂行することだけを考えよう。納期のことは気にするな」とメンバーを励まし、お客様には誠心誠意事情を説明して納得して頂きました。この姿勢が私のプロジェクトマネージャーとしての原点であると思っています。

貴社では中途採用の人材にはどのような資質を求めていらっしゃいますか。

人材に対して求めることは、まず「学ぶ力」があること。色いろな技術や与えられた業務に対して学ぶ姿勢、学習能力がないと成長し続けることは難しい。学ぶ力は一番重視したい資質です。

次に、周囲としっかりコミュニケーションが図れること。つまり、自分の専門分野において分からないことがあれば先輩へ、専門外のことであればその知見を持っている技術者へ質問しに行き、対話から学ぶ姿勢を持っていること。
対話ができる、とは聞く力を持っているということです。相手の言うことをしっかり聞き、キャッチボールをしながら解を導き出す姿勢を重視しています。

もう一つ大切なのは、精神的にタフであることです。これはプロジェクトの中でどのような局面にあってもへこたれない力と、自分の専門分野の技術を継続的に深掘りしていくタフさという意味があります。困難な状況でもプロジェクトを動かしていく強い意志も必要ですし、プロジェクトに携わりながら、電気なら電気、ITならITといった自分の専門分野を深く学び続ける粘り強さも大切なのです。エンジニアリング会社には、この両方の資質を持った人材が必要です。

また、プロジェクトで何か問題が発生した際、プロジェクトマネージャーだけで事態を収拾することはできません。それぞれの分野の専門家である技術者が解析ツール等を用いてきちんと現状を示しつつ、学術論文や世界の先進事例を踏まえた上で解決策を提示します。だからお客様も、「ああ、なるほど」と納得して下さるのです。エンジニアリング会社が技術的な専門性を失えば、途端に競争力を失い、エンジニアリング会社ではなくなってしまいます。

更に言えば、一つの分野の技術で成り立つプロジェクトはありませんから、関連し合う異なる分野の技術をまとめるリーダーシップも重要になります。コミュニケーション力を発揮して、「自分はこれが分からないから、教えてほしい」と、関連する技術を統合する力が、技術者一人ひとりにも問われます。

大学卒業生・大学院修了生と高専卒業生で任せる職務・責務や昇給・昇進、キャリアパスに差異を設けている上場企業もございますが、貴社内での実態及び山口様の所感についてお話し下さい。

弊社には「学閥」といったものは全くありません。高専卒だから、大卒だから、或いは修士や博士だからと、与えられる仕事に差はありません。
高専卒は入社時点の給与グレードこそ違いますが、入社4年後に院卒の新卒社員と年齢が並んでからは、給与についても大卒・院卒の社員と全く同じステージに上って切磋琢磨していくことになり、昇給・昇格のスピードに差はなくなります。また、高専卒社員は現場オペレーターの長として配属する、といった硬直した考え方もまるでなく、すべからく人材の処遇については完全実力主義の会社です。

私たちマネジメント層も基本的に「人となり」しか見ていません。弊社の社風として社員の学歴や学校歴を誰も意識しませんし、上長でさえメンバーの学歴を知らないことすらあります。プロジェクトを束ねる人間力はあるか、本質を見極める洞察力を磨いているか、専門技術を深く学んでいるか、といったことを純粋に見ているだけなのです。だから同じ仕事の機会を与えて、そこからその人がどのように学び、どのように伸びていくのかを見届けるようにしています。

実力主義の社風を象徴する存在として、弊社に「配管設計の神様」と言われるベテラン技術者がいます。この方は工業高校を卒業後、弊社に入社し、60代後半の今も現役で働いている伝説的な社員です。
プラントの配管設計ではP&IDという線形で表された図面から立体的に配管を構築していく難しさがあり、これは学校では教えてくれません。エンジニアリング会社で実践を通じて習得していく技術領域になります。この「配管設計の神様」は、「お前たち、管の中を通る流体の気持ちになって考えてみろ。あっちに引き回され、こっちに引き回されては嫌だろ? 自分は気持ち良く流れていきたいんだよ」という名言を残し、配管設計のあるべき姿として語り継がれています。

最後に、貴社を志望する方や、潜在的な候補者へメッセージをお願い致します。


「完全実力主義の環境で経験値を増やし、成長していきたい方を求めています」 (本社1階ロビー)

弊社は2018年10月に創立90周年を迎えました。
これまでの長い歴史の中で、弊社を端的に形容する「我々は農耕騎馬民族である」というフレーズがあります。色いろな場所に農地を探し求めて耕作しながら、ある時は機動力を駆使して闘う騎馬民族であると。また、「国境なき技術団」という表現もしていました。海外プロジェクトに強いエンジニアリング会社の成り立ちを上手く表現していて、非常にいい言葉だと共感しています。

いずれにしましても、弊社は技術力とマネジメント力に立脚し、人・モノ・情報をグローバルに統合しながら、世界80カ国で20,000件以上のプロジェクトを遂行し、独立独歩で実績を築いてきました。
プロジェクトに際して、ジョイントベンチャー(合弁企業)やコンソーシアム(共同事業体)を組む際も、その都度最適と思われるパートナーを探すことになりますし、財閥系の総合商社とのお付き合いも固定的なものではありません。

また、歴史の長い会社でありながら、非常に風通しの良い実力主義の社風であることは既に述べました。これは経営においても同様で、執行役員以上が出席する会議の席上でも、佐藤雅之会長、高専出身の石塚忠社長のリーダーシップの下、建設的な意見を自由に発言できる雰囲気があると感じています。また、独立系の会社であるため、親会社の発言権が強い等、会社としての自由な意思決定やスピード感が損なわれることも皆無です。

繰り返しますが、弊社の競争力の核は人であり、人が最大の財産です。人財・組織開発部という組織も作りました。物事の本質を見極める洞察力を備え、専門分野を学び続ける力を持った人財と、面接でお会いするのを楽しみにしています。

本日はお忙しい中、長時間に亘りご協力頂き、ありがとうございました。

日揮株式会社
創立
1928年 10月 25日
資本金
235億1,118万9,612円
従業員
【連結】7,610名、【単体】2,280名
横浜本社(ワールドオペレーションセンター)
神奈川県 横浜市 西区 みなとみらい 2-3-1
代表取締役会長
佐藤 雅之
代表取締役社長
石塚 忠
事業内容
●各種プラント・施設に関するコンサルテーション、事業計画、基本設計、詳細設計、機材調達、建設工事、試運転、オペレーション、メンテナンス
●石油・ガス・資源開発、ユーティリティ事業に関する投資
●技術サービス
※この記事の内容は取材当時の情報です。記載されている会社名、サービス名、役職名等は現在と異なる場合があります。
職業紹介優良事業者認定マーク
当社は、全国に約20,000事業所ある人材紹介会社の中で、厚生労働省が審査し、 わずか43社しか選ばれない「職業紹介優良事業者」に認定されています。
※平成26年(第一回認定):全国で27社のみ、平成30年:全国で43社のみ
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