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同グループ会社 経理部に異動(出向) 経理担当チーフを拝命
前年の10月に経理担当者が本社に異動になり、その後の担当者が7月に退職することになったため、管理部(実質経理部)に担当替えになると共にチーフ職に任命されました。
スタッフは以前からの担当者1名と退職予定者1名及び4月から契約の62才の契約社員1名、計3名でした。異動して驚いたことは、経理部においても統一マニュアルといったものがなく、出納のスケジュールにあわせ各人が日常業務をこなしているといった状況でした。また、それまで会計監査の対象外だったためか2005年3月期の決算は、日頃の準備不足が露呈しておりました。
したがってここでもまた、組織作りと処理方法の見直し、スケジュール管理、社内外との業務調整といったところから始めなくてはなりませんでした。
同年7月、A社が会社更生法適用の申請を発表しました。自社の債権は3億円を超えていました。本社への報告資料作成、事後処理に関する打合せに追われるなか、続いて月末にB社が会社更生法を申請しました。今度は、債権額も比較的少なく、ある程度予想していたためかさほど動揺はしませんでした。この2件を通じて、全社で与信管理体制を強化すると共に、業容拡大の見直しの動きが出てきました。その一方で建設業界全体が厳しい選別の時代に入り、自社も資材調達が一部スムーズにいかなくなり始めました。
7月~9月の3ヶ月間は、仕入先各社からの問合せの対応、営業部から契約内容の変更に関する相談、営業を通じての情報収集、与信管理資料の作成等に対応する日々が続きました。
11月に入り中間決算も一段落した時期、営業部より事務処理の効率化について相談を受けました。他社売りが飛躍的に伸び、また事務処理担当が派遣社員になったため、従来の方法では処理しきれないということでした。経理としても、営業から回ってくる資料にミスが多く出戻り作業に手を焼いていましたので、OA化を導入すべく上席に相談いたしました。3億円を超える事故があった直後でしたので決済が下りるかどうか不安がありましたが、何とか承諾を得られ、本社に議案をあげ、グループ内のシステム部門とプロジェクトを組みました。各部間データの一元化及び経理業務の自動化を図りソフトの開発を進めると共に、社内LANを導入し、各人のパソコンへの取組体制作り、情報の共有化を促進いたしました。1月~4月は日常業務のチェックの他に決算業務、OA化準備等、非常に多忙な日が続き、その日のうちに帰れることは希な上、土日も出勤せざるを得ない状態が続きましたが、ここで頑張れば4月以降軌道に乗せる事ができると思い、さほど疲労を感じることはありませんでした。
またこの時期、業界で不安を噂されるゼネコンの手形約3億円を所有していましたが、本社がそのゼネコンに債務を持っておりましたので、上席と相談の上、債権債務の相殺ができるとの主旨で、グループ会社の本社に対する債務をその手形で返済することで、リスクヘッジを図ることができました。
5月になり、2006年3月期の決算はほぼ終わりました。懸念材料の債権も予定通り償却することができ、また会計監査においても日頃の取組みが効を奏し、特別な問題点の指摘はありませんでした。システム導入も順調に進み、各部ケアレスミスが激減し、残業時間の大幅短縮も達成できました。経理に異動してからの1年間はそれまでの中で一番主体的に働いたという時期であったと思います。
現在に至る
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